副社長と愛され同居はじめます
大物……大物?
もちろんそれにも覚えはないし、何より私は誰も呼んではいない。
何かの間違いじゃないだろうか、と訝しむばかりの私を歯痒く思ったのか、ぐっと顔を近づけて彼が耳打ちをした。
「成瀬さん! ナルセ商事の現副社長! 初めてなのにヒナタちゃんのご指名だっていうからてっきり……呼んだんじゃないの?」
ウェイターの言葉に、思考回路がやや三秒ほど停止した。
「成瀬さん」
「そう」
「ナルセ商事」
「そう! なんだやっぱり知ってるんだ」
すごい知り合いいるんだね!
と興奮気味の彼を余所に、私はさーっと頭の天辺から血の気が引いていくのを感じていた。
知ってる、というか。
知り合い、というわけではなく、私が一方的に知っているだけだ。何せ、自分の勤める会社の副社長なのだから。
といっても顔ははっきり覚えていない。
入社式の時に、恐ろしくイケメンであの若さで副社長かと、テレビの向こう側の人間を見ているような感覚だっただけだ。
同じ会社に至って滅多にお目にかかれるものじゃないし、そのうち忘れた。
イケメンで若かった、という事実は覚えているけれど。
だが問題は、そこじゃない。
なぜ、そんな偉い人が、今まで会ったこともない私を指名してきているのかということと。
ナルセ商事は当然、副業は許可していないということだ。
副社長が自ら、私の副業を暴きに?
いやいや、そんな馬鹿な。ナルセ商事の副社長がそんな暇なはずはない。