副社長と愛され同居はじめます
前につんのめった無様な格好での登場に、恥ずかしすぎて……いやそれよりも恐ろしくて顔が上げられない。
それでもなんとか姿勢だけは取り繕い、背筋を伸ばして目線は足元を見る。


自分の足から、テーブル席の足元へ。
ピカピカの、お高そうな綺麗な革靴が見えた。


長い御足を組み、膝に乗った手が大きくて綺麗だった。


それ以上先へ、視線を上げるのが怖い。
足と手のパーツだけで、なんかもう上流階級オーラを感じるのはナルセ商事の副社長様という情報を先に聞いてしまったからだろうか。


なんでそんな人が、こんな、高級とはいえないクラブの冴えないキャバ嬢に、指名で会いに来るのか。
私が荒川こはるだとバレているのか……いや、副社長がたかが総務部の人間を知っているわけがない。


じゃあ、なぜ「ヒナタ」ご指名なのか?
そこはわからないが、もうこうなったら白を切りとおすしかない。


私は「荒川こはる」など、知らないと!


止まらない手の震えと冷や汗を感じながらも、思い切って顔を上げた。


精一杯の笑顔を乗せて、両手の指をそろえて会釈する。



「いらっしゃいませ、ヒナタで……」

「こんなところで何をしている荒川こはる」



ひっ、と悲鳴は声に成らずに飲み込んだ。
ダイヤモンドダストばりの冷ややかな声で見事にフルネームで呼ばれ、私の笑顔は一瞬で凍り付く。


ヒナタじゃない、間違いなくこの人は「荒川こはる」をご指名らしい。
ゆる、ゆる、と顔を上げる。


仕立ての良さそうなスーツを着こなす、二十代後半くらいのまるで彫刻のような面立ちと切れ長の目、黒い髪。
震えあがりそうなイケメンが、震えあがりそうな冷たい視線で、真直ぐに私を目線に捉えていた。


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