副社長と愛され同居はじめます
間違いない。
この顔、確かに入社式で見た副社長だ。


こんなコワイくらいに整った顔を忘れるはずがない。
ただあまりにも世界が違う人だったので、思い出されることもなく不要な記憶の一番奥に仕舞われていただけだ。


だって、絶対目に止まるはずはないだろう、その視界に自分が映るかもしれない可能性すらないと思ってた。
あんな大きな会社の、日陰の部署の一新入社員なんて。


だが、今現実に彼は目の前に居て、確かに私の本名を口にした。



「お、お人違い、では」

「ナルセ商事総務部庶務課勤務、荒川こはる。今年で二年目だな」



ずばん、と言い返されて、逃げ道もなくなった。
冷や汗をだらだら掻きながらどうするべきかわからず突っ立っていると、彼の目線がすっと横に流れた。


隣に座れ、という意味だ、きっと。
そう解釈すると、もう逃げられないと観念した。



「……失礼致します」



一人分ほど空けて隣に腰を下ろす。
大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとした。


なんでこんな偉い人が、一社員の副業なんかを暴きに来たのかはさっぱりわからない。


だがなんとか、許してもらうしかないのだ。
せっかく勤められたあの会社をクビにはなりたくないし、バイトをしなければ弟の大学費用も払えない、仕送りもしてやれない。

< 13 / 129 >

この作品をシェア

pagetop