副社長と愛され同居はじめます
更衣室に飛び込んで私服に着替え、IDカードになっている社員証だけ首に引っ掛けて、シャトルエレベーターに乗る。
一番に出て来たから今のところは空いているけど、これから徐々に込み始めるだろう。
セキュリティーゲートを抜けて、小走りにビルから離れてそこで漸く、歩幅を緩めた。
振り仰ぐように自分が勤めるオフィスビルを見上げる。
一流商社ナルセ商事。
大学中退の私が、この会社にどういうわけか採用してもらえたのは、奇跡のようなものだと今でも信じられない。
この春で、二年目になる。
華やかな会社の、窓際部署とも言える総務部所属だが、同じ総務の仕事でも世間の平均額よりも高い給料をいただけるこの会社に勤められただけでもありがたい話だ。
駅までの道を再び急ぐ私のバッグから、携帯の着信音が鳴る。
この春から大学に通うことになり、離れて暮らすことになった五つ下の弟からだった。
「はいはい。翔太?」
『姉ちゃん? 仕送りありがとうな、今日下してきた』
仕送りのお礼を言いにわざわざかけてくるなんて、可愛い奴だとつい頬が緩む。
二年前両親が事故で呆気なく他界して、互いが唯一の家族だ。
可愛くないわけがない。
「そんなにたくさんは送れないけど、なんとかやりくりしてよ」
『充分だよ。俺もバイトするつもりだし、生活費くらいは自分でなんとかするようにするから……』
「何言ってんの、ダメよそんなの。勉強に集中しなさいよ!」
苦労して大学まで入れたのは、一体何のためだと思っているのだ。
しっかり勉強して、いい会社に就職してがっつり稼げるいい男になってくれなければ苦労が全て水の泡ではないか。
「学費も姉ちゃんがちゃんと用意してるから。あんたはしっかり勉強して、資格なりなんなり自分の利益になるように頑張んなさい」
『だってさ……姉ちゃんだって大学辞めたのに。俺だけここまでしてもらえただけで十分だよ』
「私はいいのよ! いいとこに就職できたし、ここで良い男捕まえるから。あんたはちゃんと稼げるようにならなくちゃ、男なんだから』
良い男=玉の輿!
稼ぎのない男に用はない。
残念ながら、窓際部署の為、中々花形社員に近づく機会もないのが今の現実だが。