ムシ女
時間が経ってだいぶ乾いていたから気にならなかったけれど、薬品臭さは残っていた。


「それなら、あたしの家に人形の服があるよ。子供の頃に買ってもらったオモチャなんだけど、なかなか捨てられなくて」


「百合花の家はどこ?」


「学校から徒歩で15分くらいの所だよ」


そう言うと、陽介はしかめっ面を浮かべた。


「学校付近は揺れが大きいし、今からまた電車で移動させる気か?」


そう言われて、グッと押し黙る。


それもそうだ。


自分の家の事が気がかりでつい言ってしまったけれど、陽介君からすればみすみす危険な場所に行くようなものだった。


プロの救助隊などならともかく、素人が行っても邪魔になったり二次災害に巻き込まれたりする可能性が高くなるだけだった。


「しばらくは、この家で大人しくしてろよ? 電話も繋がらないし、寂しいとは思うけど」


陽介君が優しい口調でそう言った。


「うん、わかった」


あたしは小さく、そう返事をしたのだった。
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