ムシ女
「お前なにしてんだよ」


陽介君の冷たい声が聞こえてきて、あたしは一瞬呼吸を止めた。


全身から血の気が引いていくのがわかる。


ゆっくりと陽介君の方へ視線を向けると、その左手には小さなひっかき傷ができていた。


あれは間違いなく、さっきあたしが傷つけてしまったものだ。


陽介君の目があたしを金縛りにあわせる。


今更謝ったってどうにもならない。


そう理解しているけれど、気が付けば「ごめんなさい!!」と、大きな声で謝っていた。


その場に正座して、額を机にくっつけて謝る。


自分はこれほどまでボロボロにされているのに、たったあれだけの傷が許されない事なのだと、本能的に感じていた。


許してもらえないと、殺される。


そう思うと、あたしの体は自分でも情けなく思えるくらい震えていた。


ガタガタと真冬の夜、家の外へ投げ出された子供のように。


それを見ていた陽介君は小さく舌打ちをした。


「まぁいい」


そう言うと大股で部屋を出て行った。


乱暴にドアを閉める音が響き渡り、ビクッと身を縮める。
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