ムシ女
昆虫博士
あたしは茫然としながら美衣の足音が遠ざかって行くのを聞いていた。


血の気が引いていくのがわかる。


とにかく、教室の中かが脱出しなければいけない。


普段なら朝になれば誰かが来てくれるかもしれないけれど、大きな地震の後だ。


明日誰かが来てくれる保証なんてどこにもなかった。


あたしはドアの前まで来ると力を込めて開けようとした。


しかし、今のあたしの力ではびくともない。


さっき美衣が出入りをしているから、鍵がかけられているわけでもないし、地震でドアが歪んでいることもなさそうだ。


それなのに、ちっとも動かない。


何度力を込めてもそれは無意味に終り、あたしはその場に座り込んでしまった。


「どうしよう……」


科学室のドアから見える景色はもうオレンジ色に染まってきている。


廊下では先生や生徒たちがあわただしく行き来する音が聞こえて来るのに、誰もあたしの声には気が付かなかった。


薬品を被った体は徐々に冷えはじめている。


6月の夜はまだ少し肌寒い。


このままここで一夜を明かすにしても、何か体を温めるものが必要だった。


普段なら教室内に使えそうなものがあるかどうか探すのは簡単なのに、今はそんな事もとても困難だった。
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