ムシ女
泣きたくなんてないのに、涙が浮かんできた。


ここで泣いたら負けのような気がして、下唇を噛みしめる。


できるならもう一度眠ってしまいたかった。


夢の中で和に会えるなら、もう目覚めなくてもいいとさえ思う。


それでも、現実はあたしを許しはしなかった。


しばらく部屋を出ていた陽介君はポットを持って部屋に戻って来たのだ。


「ボンドを取るためにはお湯を使うのがいいんだよな?」


そう言いながらペットボトルを縦に半分切った容器にお湯を注ぐ。


ポットから注がれるお湯の熱気に、呼吸が苦しくなる。


「やだ……」


あたしは左右に首を振り、あとずさりをした。


「しばらくこのお湯につかっていれば、きっと綺麗に取れる」


陽介君はそう言い、あたしを見てほほ笑んだ。


それは今まで何度も学校で見て来たのを同じ笑顔で、寒気が走った。


こんな状況でこんな笑顔ができるなんて、真面じゃないとすら感じられる。


「そんな熱いお湯に入ると、きっと死んじゃう!!」


あたしはできるだけお湯から遠ざかり、そう言った。
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