【完】BLACK JOKER -元姫VS現姫-
そんな質問を呑み込んでしまうのは、野暮だとわかっているからだ。
そうまでして守りたいはずの存在ではなく、百夜月を選んだ綺世。そこにあるのは彼女への本気の想いに勝ってしまうほどの、百夜月への愛情。
「……本気で惚れたらスパイって存在をやめさせてまでそばにいるように引き留めるだろうけど、
音はそれに値しなかったってことだよね」
「人との出会いの数だけ、人への思いはあるもの。
それにしても、わたしはあなたの方が意外だったのよ?万理」
次の授業時間までは、そうのんびりしていられない。
万理とは席が隣だから授業中でも話していられるけど、次の先生はまじめに授業をすることで有名な先生。……話していれば普通に怒られるし。
意外?と首をかしげた彼の動きで、さらりと髪が流れるように滑る。
それを目線で追って「呼び捨てじゃない」と端的に言えば、彼はますますハテナを浮かべるような表情。
「わたしのこともほかの子も"ちゃん"ってつけて呼ぶのに、
音ちゃんのことだけは、音って呼び捨てでしょう?」
「、」
不意をつかれたように、ぱちぱちと瞬きする万理。
おどろくようなその表情も彼にしてはやけにめずらしいんだけど、彼はいまのおひめさまと親しいものなんだろうか。
「ああ、うん……まあ確かに、」
「でしょう? ……万理、こだわってるから。
呼び捨てにする女の子のことも決めてそうじゃない」
「……、親しい子しか呼ばないよ。
ひのちゃんは綺世の彼女でこの呼び方が定着してるだけだし、音は、」
「いいのよべつに、疑ってるわけでもからかってるわけでもないんだから。
焦ってたくさん言葉にすれば当たり前にボロが出てくるわよ?」
焦ってる?と口角を上げてたずねたわたしに、「完全に嫌味だね」と笑って返す万理。
てっきりいつも通りに見えるけど、わたしが呼び捨ての話題を出した時、ほんの一瞬彼の瞳が揺らいだのをしっかりと見た。
綺世と同じように、仲間を手放すその物悲しさゆえなのか。
それとも、また何か別の、万理だけが抱えている感情なのか。……わたしには、到底つかめそうにない。