【完】BLACK JOKER -元姫VS現姫-
「……俺さ、ときどきひのちゃんのこと苦手なんだけど」
「え、そうなの?」
「ひのちゃんって、自分が何を思ってても絶対まっすぐな瞳しか向けてこないでしょ。
実際は思い悩んでたりして、その瞳が何を見据えてるのかはひのちゃん自身にしかわからないことだけど、たやすく見透かされてるような気分になる」
だから苦手だよ、と。
困ったように笑った万理が、その笑みをかき消して小さな声で「好きなんだよね」とつぶやいた。
まわりの喧騒で、かき消されてしまうほど小さな声。
できればその喧騒に隠してわたしには聞こえて欲しくなかったんじゃないかと思うほど消え入りそうな声で呟かれたそれに、何を?と聞くまでもない。
「……音のこと、好きだから」
……いちばん葛藤してるのは、きっとこの人。
綺世の彼女で、さらには敵のスパイで。好きになるどころか生きる道すら違う彼女に恋情という特別な唯一無二を抱いてしまえば、もう。
「ほんとは追放なんてさせたくない。
それでもそうするべきポジションにいるのが俺で、俺は綺世を裏切れないんだよ」
音のことは裏切れるのに、と。
口にする自分が、一体どんな表情をしているのか、この人は気づいてるんだろうか。……そんなに引き裂かれそうなほど愛おしい感情を向ける相手を裏切るなんて、どれだけ、思い悩んだの。
「……愛の逃避行なんて似合わないでしょ?俺に」
「似合わないからやっちゃいけないなんて、そんなこと誰が決めたの。
たとえ何か許されないものがそこにあったとして、誰も認めてくれなくて、どれだけ苦しくたって。……自分自身が信じなきゃ、ほかに誰が信じてあげるの」
強い自分だけを持ってる人なんていない。
強い自分も弱い自分も、みんな兼ね合わせて持ってる。……ただ弱い自分を不安というカタチに変換しているせいで印象に残るだけであって、強い自分だって、ちゃんといる。
「……そういうとこだよ。
まっすぐで、そうなのかもって思わせるぐらい正論を突きつけてくる。……だから苦手なんだ」
「わたしは間違ったことを言ってるつもりはないわよ。
これをあなたが苦手だと感じてるのなら、それはきっとあなたが逃げることで今まで自分を守ってきただけだもの」