【完】BLACK JOKER -元姫VS現姫-
わからないとこあったら聞いてね?と向かい合ってすらすらとシャーペンを這わせていたら、不意にかのが手を動かすことなくじっと見つめていることに気づく。
どうしたの?と聞けば、なぜかむうっと頬をふくらませた。
「美人で、かっこいい彼氏がいて優しくて勉強もできちゃうおねーちゃんってなんなの……っ。
わたしにいいところ何も残ってない……!」
「ええ……かのちゃん可愛いじゃない。
彼氏だってそのうち出来るだろうし、勉強苦手な女の子、わたしはかわいいと思うんだけどな……」
「むっ。なんでも持ってるからそう思うのっ!」
"なんでも持ってる"。
そんなさり気ない妹の言葉が胸に引っかかって、息が詰まる。その様子を見て言いすぎたと思ったのか、かのちゃんがあたふたしながら謝ってきた。
「ご、ごめんね。
嫌な気持ちにさせちゃった……?」
不安げにわたしを見る大きな瞳。
そっと細い猫っ毛を撫でて、「大丈夫」と口にする。それでも瞳の中で見え隠れするのは、隠しきれない不安の色。
「かのちゃんから見た"お姉ちゃん"はそうなのかもしれないけど……
本当は、全然違うわよ。優しいその裏に、嫌われたくないって気持ちがないわけじゃない」
好かれてるかどうかもわからないのに嫌われたくないだなんて、馬鹿げてるけれど。
関わるのなら嫌われたくない、とそんな思考があることは否定しない。どこまでも、わたしは自分に甘いだけ。
「夕李がわたしに優しいのは、夕李がわたしのことを好きでいてくれるからだもの。
……わたしは、夕李のところに逃げたの、」
「……逃げ、た?」
「これ以上……
綺世を好きになるのが怖くて、逃げたの」
底なしに自分を甘やかし続ける癖は、何年経ったって変わらない。
嵌るも、溺れるも、どこか違うとずっと感じていた。だって、違ったんだもの。──わたしの綺世に対する感情は、"沈む"ところまできていた。
愛情には、愛情を。
彼がくれる愛情はとてつもなく大きなものだったけれど。大きすぎて、その感情に沈み込む自分に怖くなった。……だから、耐えられなかった。