【完】BLACK JOKER -元姫VS現姫-
その引き金となる時間がぴたりと重なったのが1年前の夏。
愛情に愛情を返すわたしにとって。──大きすぎる綺世の愛情に同じだけの愛情を返せないかもしれないという事実が、何よりも不安要素だった。
でも、今ならわかるの。
相手と同じだけの愛情を返すなんてそんなの、不可能に近いってこと。
だって、わたしは。
夕李に、同じだけの愛情を返せていないから。
「っ、わたしが悪かったのよ。
わたしが、もっと早く気づいてたらよかったの」
一度不安になったら、簡単には立ち直れない面倒なタイプの性格。
それを知っていた綺世は、わたしが夏の時点で別れを考えていたこと、知っていたんだと思う。
それでも、自分からは言い出さなかった。
自分の為でも何でもなく。いつだってわたしが後戻りしてこれるよう、躊躇する時間を与えてくれていた。
だけどそれに気づいたのすら、別れたあと。
どこまで綺世がわたしを大事にしてくれていたのかを思い知った瞬間、抱いていた幻想も不安も馬鹿らしくなった。わたしが悩み続けたのは、一体、なんだったの?
「お姉ちゃん……」
いつの間にかかのちゃんが隣にいたことを知って、そこでようやく自分の視界が滲んでぼやけていることに気づいた。
……ああ、もう。妹の前でこんな姿、見せたくないのに。
「大丈夫だよ、おねーちゃん。
……かのの前で、嘘つかなくていいんだよ」
「あ……、」
抱きつくというよりはぎゅっと抱きしめられて、小さくつぶやかれたそれと過去の記憶がリンクする。
『かのの前で、無理しなくていいんだよ』。
綺世と別れたとき、平然な顔をしたくせに部屋で泣き崩れていたわたしをそうやって慰めてくれたのは、妹だった。
いつもなら「わたし」と言うのに、わたしを慰めるときはいつだって、自分のことを「かの」と口にする。
それが余計に涙腺をゆるませて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
ぎゅうっとかのを抱きしめて、名前を呼んだ。