懐恋。
サラッと。先生は今サラッと下の名前を呼んだ。まなぶって下の名前で呼んでと言った。ドキドキドクドク。ただでさえ繋がられた手から伝わってしまうのではないかと思うぐらい、私の心臓は煩くて、体温は温かくて、なのに先生は下の名前で呼んでとか私の心臓を壊そうとしているのか…。

「どした?ボーッとして。電車来たから乗るぞ。」

クイッと引っ張られて、ショート寸前の私の思考回路に先生の声が聞こえて、電車に乗ろうと歩を進める先生の後ろを付いていくのがやっとだ。

「先…」

「だーかーら!学って呼べって。俺も明音って呼んでいい?外に居る時明音って呼んでいいか?」

ガタゴトガタゴト揺れる電車の中で、吊り革に手を掛ける先生の隣で私が先生と呼ぼうとしようとしたら、先生の声が頭上から合わさってくる。それにしても、下の名前で呼んでとか、明音って呼んでいい?とか、先生はずるいんだ。もうさっきから口から心臓が飛び出るんじゃないかってぐらいドキドキと心臓が煩い。

「学…さん。でいいですか?」

恥ずかしくて、照れちゃって蚊の鳴くような声が出てきちゃったけど先生はちゃんと聞いていてくれて、ん。と短い返事が返ってきた。学さん、学さん、学さん。男の人を下の名前で呼ぶことが慣れてない私は、心の中で沢山練習をした。
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