課長の胃袋をつかみました
「いやぁ、ほんと、美味しかったよ。茅野さんて料理上手なんだね。」
「そんな、そこまでじゃないです。一人暮らしが長いぶん自炊歴も長くなりますし。」

塚田先輩は大盛りサイズのお弁当を気持ちよく完食し、屈託のない笑顔で褒めてくれた。

課長と様々なごたごたがあったにせよ、塚田先輩に対してはちょっとした憧れの気持ちがあったわけだから褒められて満更でもない。
少しにやけてしまう。

「これ、誰かのために作ったんでしょ?彼氏?」

先輩は少し私を気遣うように聞いてきた。

「いえ、彼氏とか!全然そんなんじゃありませんよ!ただ私がちょっと出しゃばっただけです。」

私が伏し目がちに答えると、塚田先輩は少し言葉に詰まったようだった。
優しい塚田先輩のことだ、なんで言葉をかけようかと一生懸命考えてくれているのだろう。

「でも、茅野さんはその人のことが好きなんでしょ?だからわざわざお弁当作ったんでしょ?」
「……わからないんです。好きなのかどうかも。相手がどうしたいのかもわからないし、私がどうしたいのかも。」

絞り出すように小さな声でつぶやいた。
私はなんで憧れの塚田先輩にこんな恋愛相談もどきのことをしているのだろうか。
恥ずかしい。
でも感情が溢れ出してしまって、止められなかった。

先輩は黙って少し考えているようなそぶりを見せた。
2人の間に沈黙が走って、朗らかな春の風だけが感じられた。

「まあ、恋愛については人それぞれだし。茅野さんのことを俺が理解しようとしてもわからないし……。ただ、茅野さんはよくわからないモヤモヤの感情を抜きにしても、その人にお弁当を食べて欲しくて作ってきたんだよね?
それで、これからも作りたい?食べてほしい?」

先輩の諭すような優しい口調が心に染みた。
私、なんでお弁当なんて作ったの?
課長のことが好きなのかどうかはわからない。
課長にこれ以上に私のことを好きになってもらいたいとか、そういうことでもない。
私はただ………

「その人に美味しいって言って欲しくて。
だからお弁当、作ってきたんだと思います。」
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