課長の胃袋をつかみました
彼女が職場にやってきてから一年が経とうとしている。
持ち前の明るさや積極性から仕事にも熱心に取り組み、周囲とも打ち解けている。
俺もあくまでも上司としての態度を保ち、可愛い部下だと言い聞かせながら接している。

ある日の昼時商談を終えてひとやすみしようと、会社からは少し離れたところにある公園でコーヒーを飲んでいた。

すると見慣れた人物が公園にやってきて周囲を見渡しながらうろうろとしている。
手にランチバックをさげているのを考えると外でピクニックというところか。

声をかけようかとしていたところで彼女には俺に気がついたようで、人懐こい笑顔を浮かべて近寄ってきた。

「課長、おつかれさまです。課長もここでお昼ですか?」
「茅野か、おつかれ。いや俺は腹減ってなくてさ、気分転換も兼ねて外でコーヒー。」

既に周りのベンチは埋まっているし、これから社に戻っては休憩時間が潰れてしまう。
俺はベンチの端へ寄って隣をバンバンと叩くと、彼女はご一緒しますとにこやかに笑って隣に腰掛けた。

茅野はずっとお弁当を作っている。
節約も兼ねているけど、料理をするのが好きだと以前食堂でランチ会をした時に話していた。

今日も丁寧に作られたお弁当は色とりどりで美味そうだった。

へー、茅野料理うまいんだな。玉子焼きうまそうだなぁ〜。」
「いいですよ、食べますか?」
「やったね。いただきまーす。」

卵焼きをひょいとつまみ、口へ入れた。

あ、俺の好きな甘いやつだ。
まさに好みダイレクトの味に感動を覚えた。
うま、、

しばらく感動して固まっていると、茅野がけげんそうに俺を窺っている。

なんでお前は料理まで俺の好みなのか。
これを毎日食べられる将来の旦那様はなんで幸せなのか。うらやましい。
というより、もはやこの味を他の誰にも食べさせたくないとすら思えた。

卵焼きは単なるトリガーにすぎなかった。
年甲斐もなくみっともないと蓋をした恋心が溢れ出してしまったんだろう。

「結婚しよう!」

溢れ出した気持ちは止まらなかったようだ。


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