背中
東京タワーに登ったのは何歳の時か記憶を辿ってみても幾度もどこかでプツリと切れている不連続な映像しか浮き上がらない。父が私を抱き上げることができた位の子供時代という断片的なというよりも、その一コマの短い映像しか東京タワーに関しては思い出すことができなかった。

久しぶりに登った東京タワーは単純に言うとタワーで、それ以上でもそれ以下でもなかった。大して面白い訳ではないと観光地としての価値を否定している訳ではなく、観光地として確立されている既に定義された存在としての価値は十分に満たしていて、観光を純粋に楽しむには東京タワーという存在は過不足なく用を足しているのだと、行きつ戻りつしながら論理的な思考にならないまま曖昧に考えていた。

2日ほど前に夫から離婚を切り出された。

単純なことを引き金として始まった喧嘩は「出て行け、後は第三者の弁護士に任せよう」と言う言葉で終焉を迎えた。慰謝料は払うから今すぐどこかに行ってくれ、顔を見せるなと荒げられた言葉にもかかわらず、いつものケンカできっと大丈夫とどこかでうっすらと思っている自分がいて、継続の単なる通過点でしか本当にないのか、あるいは未来から振り返った時に紛れも無い終わりの始まりとなるターニングポイントなのかと言う冷静な見極めができない痛々しい女に成り下がっている自分の惨めさに本当に嫌気が指した。自分がこんなにも状況判断のできない未成熟の情けない女に成り下がっていることに対して込み上げてくる怒りの感情を心の中でなだめすかし鼓舞し日々の生活を平凡にただ黙って過ごすことの難しさに辟易しながら精神の鍛錬という自分が1番避けて通ってきて何とか逃れてきたもに遂に追いつかれて存分に蹂躙され骨と細胞のナノレベルどころかピコレベルで味わっている気分に浸っている。

一番のポイントは「すがるな」と言われたことで、男にすがったことは後にも先にも1度しかない。大学生というまだ若い甘い蕾としても薄緑の色が水々しい花という段階で、その年齢の時には結婚して子供がいる同級生もいる中で、幼い真剣な恋をした気でいた。結婚や将来の夢を2人で話し合って、簡単に明るい将来が手に入ると思っていたその恋は半年程度であっけなく終わりを迎えた。よくある話ではあるが、そしてこの先もよくある話の以上でも以下でもない平凡な話だが、また新しい恋をして終わりを迎えということを何度も繰り返して結婚した。
それなりに遊んで付き合ってモテ期を体験して愛人もやって、周りには将来を心配されながらも綺麗に結婚して大人しく収まった。

一部の友人にはつまらないと言われたが、別にあなたを面白がらせるために私は人生を作っている訳ではないと舌先に浮かんだ言葉はそのまま空気と一緒に呑み込んで、小さなゲップになって喉の奥でグルグルという音を立てた。
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