街が赤く染まる頃。ー雨 後 晴ー
この読めない横文字と格闘していた俺も、一瞬にしてステージに目が動いた。
そして
「只今ご紹介を与りました、仁科心優です。
今日はこのような━━」
黒くきれいな髪を一つにまとめ、前だけを見つめて可憐に微笑む綺麗な女。
無性に腹立つその笑顔が、めちゃくちゃ懐かしくて
久しぶりに高鳴ったこの胸の鼓動も懐かしくて
赤いケーキを持ったまま、俺はステージに足を動かしていた。
「ville rouge Teints、和訳すると"赤く染まった都市"だと思うのですが
どういう意味でこの名前をつけられたのでしょうか?」
「…まだ私が学生の頃、生きていくのが嫌になっていた時期がありました。」
その言葉を発したその顔は、本当にどこか懐かしくて、愛しかった。
そして、自然と俺の足も止めた。
「友人や、当時愛していた恋人、そして親までもを傷つけ、見放され、私の人生いつからこんなに歯車が狂っちゃったのかな、と悩んでいた時期がありました。
その時、私を立ち直らせた人が言ったんです。
『明日、良いことがあるとわかったら明日が楽しみにならないか?』と。」
━━━え?
「明日、なにが起こるかなんてわからないし、わかってしまったら明日が楽しみじゃなくなる。
でも、もし明日が晴れるとわかったら、明日が楽しみになりませんか?
外でなにして遊ぼうかな。とか、明日寝るときの布団が気持ち良さそうだな。とか…
そんな未来を私たちに教えてくれるのは街を真っ赤に染める夕焼けだと、私はその人から教わりました。
明日いいことがあると、未来が叫んでる。
太陽が教えてくれてるんだって。」
そうやって、一つの赤く輝く丸いケーキを持ち、少しだけ幼く微笑む彼女を見ていたら、自然と…俺の頬も緩んでいった。
「私はその言葉に励まされ、ここまでやってきました。
だから私も伝えたい。
街を染める夕焼けは、明日からのメッセージだと。
もし、今日なにかに躓いてしまって挫折したときにぜひ食べてもらいたい。そして私の作ったこのケーキで、一人でも多くの人が明日を楽しみにしていただければと願いを込めた名前です。」