街が赤く染まる頃。ー雨 後 晴ー
とは言え、二人きりで話せるような部屋があるわけもなく…
とりあえずエレベーターに乗り込んだ。
やっと二人きり。本当にとことん変わってなくて、この二人きりの空間でも居心地がいい。
「……久しぶりだね、大翔。」
「そうだな。…戻ってきてたんだな。」
「あぁ、うん。ちょっと用事があって戻ってきたの。
明日には向こうに戻るよ。」
「え、そうなの?」
「まだやることがあって。」
……なんだよ。ずっといるわけじゃねーのかよ。
「…シェフになったんだね、大翔。
すごいじゃん。」
「あ、あぁ。でもまぁ餃子もろくに包めなかった心優がパティシエになって賞まで獲ってる方が驚き。」
「……そんな憎たらしい大翔を見返したかったからね。
なんでも完璧にこなしてきたつもりだったのに、こんなどうしようもない男に負けてるなんて、絶対嫌だったから。」
「…まさかそんな理由でパティシエになったのかよ。」
「そうよ。悪い?」
…ま、いいけどさ。
じゃあ最優秀賞もちょっと俺のお陰じゃねーかよ。
「…それよりさ、俺の店来ねー?」
「え、まさか本当にヘッドハンティングしに来たの?」
「当たり前。まさか心優がいるなんて思いもしなかったし、そのために来たようなもんだから。」
「ふぅん、そっか。
でも私はどこの店にもいかないよ。
私は、私のお店を出すから。」
「えー、いいじゃん。俺んとこでも。」
「レストランで提供してたら、小さな子供が気軽に買いに来れないでしょう。
私は店を大きくしたいとか、レストランで出したいなんて考えてない。
小さな商店街にある小さなケーキ屋さんになりたい。」
「欲がねぇなぁ。」
「お金に魅力を感じるほど、落ちぶれてないから。」
そういった心優の目は強くて、決意の塊みたいだった。
「…私は絶対、お金に幸せを感じたりしない。
絶対に親みたいにはなりたくないから。」
その目は、あの旅立った日となんにも変わらず、
……いや、出会った頃と変わらず、こいつはやっぱり癒されない痛みを抱えたまんまなんだなって俺にひしひしと伝わってくる。
「……そ、わかったよ。」
「ごめんね。」
「いや、気にすんなよ。」
俺は、そんなお前だから好きになったんだからよ。
隙を見せない完璧なお前だけど、でも実は誰よりも弱くて本当は隙だらけなお前をな。