街が赤く染まる頃。ー雨 後 晴ー
「家を飛び出して、ふらふら街をさまよってたの。
時間は夜だったんだけど、雨が降ってきちゃって。
春だし夜だし雨だし、なんかちょっと寒くて友達の家に押し掛けようかなって思ったら突然30代くらいの女の人に話しかけられたの。
"こんな時間にこんなところで何してるの?"って。
それに私はなにも答えられなくて、
そしたら"早く帰りなさい"って言われて、それにもうつむいて答えることができなくて。
そんな私を見てなにを思ったのか、"こっちおいで"って、突然私の腕をつかんで歩き出したの。
私高2だし、それについていっちゃダメだってわかってはいたんだけど
……腕を振りほどくこともできなくて、ついていったの。
で、ついたのは普通の喫茶店で、カウンターに座らされて出てきたのがホットミルクで。
それが温かくて、美味しくて……」
ずっと、真顔で話していたのに、そこにきてフッと緩んだ仁科の口元。
こいつの笑った顔なんて、見たことない。
だからか?そのフッと緩んだ表情に、ドキッとした気がした。
「それで私、今までのことをその人に全部話しちゃって。
そしたらその人、"それ飲んだら帰りなさい"って言ったの。
"逃げてるだけじゃなにも解決しないでしょ?"って。
まぁだから私はそれで大人しく帰ったんだけどやっぱり解り合えなくて。
それから私はすぐ家に帰りたくなくて、そのお店で時間を潰すことが増えていったんだけど
初めて行ったその次の日、そのお店で同じくらいの年齢の男の人がそこでアルバイトしてることを知って、その人は私にいつも優しく笑いかけてくれて、いつもおいしいミルクティを入れてくれて
それが本当に美味しかったの。
だからつい、その人がいる日はいつも長居しちゃって……
通い初めて1ヶ月たった頃の5月、夕日がすごくきれいに見える日があって
私が『すごくきれいですね』って言ってもなにも返事が返ってこなくて
だから続けて『このお店のこの席でこのミルクティを飲みながら夕日を見るのが大好きなんです』って言ったら『俺も。』って返ってきて
それに私が微笑み返したら、『君がそこにいてくれるから、一段ときれいに見えるのかも』とか言い出してさ。
それにドキッとしたの。
そんなこと言われるとさ、恋愛経験全くない私でも、もしかしてって思っちゃって。
そしたら無性にドキドキしてきちゃって
まぁそのあとはご察しの通り、その人に告白されて、交際を始めたの。」
「へー、じゃあその人が仁科の初恋なわけか。」
「まぁそういわれたらそうだけど。
そんな初恋にもハッピーエンドなんて待ち受けてなかったの。」
……少し緩んだはずの仁科の表情は、また感情をなくした。
悲しいとか、苦しいとかじゃなく、無だった。