時の歌姫
細く透明なのに、芯のぶれないどこまでも広がっていく歌声。

遅刻するまでもない実力の差をヒシヒシと感じて。


もう、だめ。


それ以上は見てられないと、画面から視線を外した先にヤス兄がいた。


画面のシルクに釘づけになった瞳がうっすらと潤んでいる。


体を振りしぼるみたいにして歌う彼女と、同じぐらい頬が赤くなっていた。


やだ、ヤス兄。


こんな風に誰かを見つめるヤス兄は初めて見た。


痛いほど刺さっているはずのあたしの視線にも気づかないで。


その表情の意味になんか絶対気づきたくなくて。


噛み締めた唇からいつしか血が滲んでいた。
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