時の歌姫
「じゃあな、ミチル。おやすみ」


隣り合わせの家の前で、

いつもみたいに優しく頭をポンポンと叩いてくれたけど。

今日は素直に喜べない。


オーディションに落ちたあたしを気づかってるのか、ヤス兄はシルクのことを何も言わなかった。


でも、夢を見てるみたいなふわふわした表情がどんな言葉よりもあたしを傷つける。


高校生で初めて彼女ができた時にだって、こんな顔見せたことないくせに。


「知らないっ!」

なんだか悔しくて、おやすみも言わず玄関に駆け込んだ。

「え!? おい、ミチル?」


ヤス兄のあわてた声。


こんな風にしか好きな人の気を引けないなんて、自分でも悲しかった。
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