時の歌姫
「あ、あのさ」

「うん」


咄嗟に引き留めたくせに言葉が続かないらしい。

不器用なヤツ。


あたしだって決して器用じゃないから、気持ちはわかる。

だからゆっくり待った。


ふうと大きくため息をついて、ヤツはあたしの腕を離す。

向きを変えると、長い腕を伸ばして樹の肌を撫でた。

「こいつが言ったんだ。中に人がいるから助けろって」

「そうなんだ」

「こいつらは俺がいないと動けないからさ」


そう言って伺うようにあたしの顔を覗きこむ。

そのくせ真っ直ぐ見返すと、サッと目をそらした。


やっぱり野良猫みたい。
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