時の歌姫
知ってるも知らないも一緒にテレビを見ていたはずなのに。

ヤス兄の中であの瞬間、あたしの存在はなかったんだろうか。


とか。

マイナス思考だけは誰にも負けないあたしだから、どんどん黒い渦が胸の中でとぐろを巻き始める。


「……知ってるよ」

一緒に見たじゃん、と明るく言うのはさすがに無理だった。


「オーディションに受かったばかりの子なんだけどさ。プロデューサとうちの社長がたまたま知り合いでさあ」


プロデューサって宍戸のこと!?

二度と関わりたくない名前だったのに、と頭がさらにクラクラする。


「あ、俺だからそろそろ行かなきゃなんだ」

そう言ってソーサーに置いた炭ブラックのカップ。

いつも通り綺麗に飲み干してあるのはちょっと救いかな。


「どこに行くの?」

「え、だからシルクに会いに行くんだ」
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