時の歌姫
「あ、会いに?」

仕事だってわかってるのに、ヤス兄の足取りの軽さはまるでデートみたい。

「今夜シークレットライブがあるんだよ。駅前のライブハウスで」


ファンタジーのお姫様みたいだったシルクは、この雑多な街のライブハウスでどんな姿を見せるんだろう。

じゃな、と軽く手を振ってあっさり背中を見せて去っていくヤス兄はそんな彼女を見てどうなっちゃんだろう。

いても立ってもいられない気持ちが喉までせり上がってきて、


「待って! あたしも行く!」

気づくと叫んでいた。

「はぁ? え、ミチル?」

振り返って目を丸くしたヤス兄が何も言えないうちに、あたしはエプロンを外して奥に駆け込む。

「店長! 急用で帰ります」

やっと目を覚ましてコーヒーの粉を挽いていた店長があたしの勢いに押されたようにうなずくのを見て取ると、

バッグをつかんで駆け出した。

ヤス兄の元に。
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