夢物語【完】
「まだか?」
「もうちょっと!」
「相変わらず長いな」
「あと一分!!」
今日はクリスマス。
そして、あたし達が久しぶりに二人で過ごせるクリスマス。
「ママ!パパ!じゅんびできた?」
寝室のドアを開けてファーに埋もれてんじゃないかってくらいの小さな顔を覗かせる。
「ママの準備が遅いからパパは待ちくたびれてる」
「ママおそ~い」
「な~ママ遅いな~?」
男同士で盛り上がりやがって!と苛立ちと悔しさを感じながら下まつげにマスカラをぬり終えたあたしは「出来た!」とベッドに掛けてたコートを手にとってパパに抱かれている我が子に手を伸ばした。
「千秋おいで」
手を伸ばすと同じように手を伸ばしてあたしの元にやってくる。
大きくなった息子はもう3歳になる。
つい最近まで首も据わってなかったくせに今は重くなってよく喋る。
誰に似たのか「重くなったね」と言ったら「大きくなったね、だよ」と言われるくらい生意気になった。
「いい子にしてるんよ?」
「うん」
「涼介の言うこと、よく聞いて」
「うん」
「つぅか、千秋を預ける時点で迷惑だろ」
「高成は黙って」
横から口出しする高成を睨んで千秋に視線を戻す。
「明日の朝には帰ってくる。それまでお利口にしててね?」
ぎゅっと抱きしめると「うん、いいこにしてる」と頬にキスをくれた。
これは高成が教えたモノで高成いわく“海外風スキンシップ”らしい。
おかげで会う人みんなに挨拶代わりにするから「将来は立派な天然タラシね!」とお義姉さんに言われてしまった。
「涼介が来たぞ」
高成が廊下から顔を出してそう言うと千秋はあたしから離れて「りょーくん!」と玄関へ走っていった。
それが少し寂しいくて自分が子離れできるかどうか不安を感じた。
そんなあたしに気付いてか高成が苦笑しながら「俺らも行くぞ」と背中に手を添えて歩くよう促した。
「お前らが遅いから俺が迎えにくるハメになったやろうが」
玄関、ではなくリビングのソファーでこれ以上開けんやろ!ってくらいまで足を広げてコーヒーまで勝手に入れて飲んでる涼介が文句を言いながら寛いでいた。
文句を言いながらも隣に座ってじゃれつく千秋の頭を撫でるその笑顔は優しい。
あたし達にも見せない無条件の笑顔。
千秋やから見せる笑顔。
「よし、じゃあ俺ら行くわ」
高成が車のキーを持ってあたしのバッグを持つ。
「おう、楽しんでこい」
涼介が千秋にこしょこしょをしながら言う。
それを羨ましく思いながら、あたしはじゃれあう二人の元へ近付く。
「いつもありがとう、涼介」
「別に。俺も楽しいし」
「…涼介も早く結婚できるといいね」
「うるさいわ!」
いつもの冗談を交わして千秋の頭を撫でる。
「じゃあ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
千秋の額にキスして涼介に「お願いします」と言ってから、すでに玄関で待ってる高成の元へ急いだ。
玄関を出る前、リビングから「なに食いたい?」と晩御飯の話をしているのが聞こえた。
鍵をかけるのを渋っていると「早くしろ」と急かされる。
「だってあんなに涼介に懐いてさ。両親が出かけるっていうのにお見送りも寂しそうな表情もせんとか寂しすぎる」
そう言うと高成は苦笑して「涼介大好きだからな」と言った。
千秋の親離れは早かった。
今も言ったとおり、千秋は涼介が大好きでなにかと涼介の名前を出してくる。
産まれた時から涼介はこの家に住んでると思ってたし、家族だとも思ってた。
毎週土曜日、涼介がオフの時は必ず泊まりに行くし、あたしに怒られた時は高成じゃなくて涼介のところに逃げる。
どうしてそういう風に育ったのかはわからんけど、今じゃ涼介無しではいれんくなってる。
どっちが父親だよ、と高成が呟くほど。
「涼介がいるから俺達がこうして二人でいられるんだし、今日は千秋のこと忘れろ」
高成はそう言って車に乗り込むと、あらかじめセットしていたらしいカーナビを付けて、シートベルトをしたのを確認するとゆっくりと車を走らせた。