夢物語【完】
京ちゃんが私の身体をすごくな心配するのには理由があって、京ちゃんの気持ちもよくわかるんです。もう二度とあんなことにはならないようにって、とても強く思ってるんだと思います。
今度はそうならないようにって私も願ってるんですが、こればっかりはどうにもならないので元気に産まれてくれることを願うしかないんです。
「あれ見て!妊娠してる馬がいるのよ」
子供と動物のふれあい広場にはウサギやヤギ、羊、ニワトリ、ブタたちが大きなサークルの中にいて、えさを購入すると与えられるようになっています。
その一番奥には馬小屋があって、黒と白と茶の馬がいて、黒の雌馬が大きなお腹をしていて、名札には“妊娠中”と書かれていました。
「もうすぐ出産なのかな?あたしと一緒だね」
まだ外にいてもいい時期なのか、小屋の中で大人しくしている馬は私の方へ近付いてきてくれて、手を伸ばして触れると眼を細めながら気持ちよさそうにしていました。
「あなたも私も、一緒に頑張ろうね。そして、一生懸命育ててあげようね」
そう言うと、小さく鳴いてくれて返事をくれました。
驚いて京ちゃんを見ると同じように驚いて、でも優しく笑ってくれました。
きっと同じ妊婦さん同士、気持ちが通じたんだと思います。
「疲れてないか?」
一時間ごとに心配する京ちゃんに呆れながら動物園を回ると、子供を3人連れたファミリーが私達の前を楽しそうに歩いていました。
パパは胸に一番下の子抱いて、真ん中のお姉ちゃんと手を繋いでいました。
ママは一番上のお兄ちゃんと手を繋ぎながらベビーカーを押して「ライオンさんよ!おっきいねぇ」と話しかけていました。
「花蓮がいて、この子が生まれたら、私達も数年後はあんな家族になったのかな?」
そんな家族を見て、何気なく呟いた言葉に京ちゃんは私の手を少し強く握り返しました。
実は三年前の今日、二人目の赤ちゃんを産んだのですが、神様のイタズラなのか元気に産んであげることができませんでした。
言葉に言い表せない感情は今でもどう言葉にしていいのかわかりません。
ただ、母親として私を選んでくれたこと、今も毎日思い出すことは忘れていません。
その子は“花蓮”と名付けました。
きっと京ちゃんに似て美人に育ったに違いありません。
「花蓮はね、あなたのお姉ちゃんだったの。生きてたらきっとパパに似て、すっごい美人さんになってると思う。慧斗はママ似だったら、ちょっとブサイクになっちゃうかもね」
今、お腹の中にいる“慧斗”に花蓮を紹介して、男の子はママに似るっていうから冗談でごめんね?って言っていると、横から「きっと優しい子になる」と京ちゃんが言ってくれました。
「性格が京ちゃん似だと優しくなるね」
「んなわけないだろ。こんなに長い付き合いして、なに見当違いなこと言ってんだ」
「長く一緒似いるから言うんだよ。だって、この私と結婚してるんだよ?器の大きさハンパないよ」
真剣に答えると、「それに異論はない」と笑いました。
ちょっとくらい否定してくれてもいいのに、と思いましたけど、過去を振り返れば恥ずかしいことばかりなので、別にいいかな、と思うことにしました。
話を逸らすために「お昼はどこで食べるの?」と尋ねると、「木藤さんとこ」と言いました。
「予約取ったの?」
「昨日な」
「取れたの?」
「あぁ」
どうやらランチは京ちゃんの好きなお店らしいです。
中塚さんの友達で木藤さんという方がいらっしゃるんですが、素敵なお店を経営していて、すごく美味しいお店なんです。
有名なお店というより穴場スポットなんですが、予約が取りにくくランチもディナーもすごく賑わっているんです。
「それ聞いたらお腹空いてきた!慧斗も早く食べたいね?」
お腹をさすりながら慧斗に話しかけると返事をするようにお腹をポコポコ蹴りました。
それを京ちゃんに言うと、「贅沢なガキ」と自分の子供なのにガキ呼ばわりしていました。