夢物語【完】
今度は無表情に加えて無言になって目を合わすこともなく、ただ黙ってあたしの服の乱れを直した。
綺麗に元に戻すと、あたしの手を取って部屋を出る。
リビングに戻るとあたしの鞄を取って、自分の持ってたバッグから携帯を取り出し、誰かに電話し始めた。
「あ、お義母さん、高成です。はい、元気にしています。いえ、とんでもないです。…はい、はい。それは助かります。えぇ、では3日ほどお願いしてもいいですか?ありがとうございます。またうちにも遊びに来てください。はい、ありがとうございます」
どうやらお母さんと話したらしい高成は電話を切るとそのまま玄関に向かい、何も言わず、もちろんあたしの腕を引っ張りながら実家を出た。
「あの、千秋は?」
「3日間お義母さんに預ける」
「は…?」
どうやら連れ戻す予定やったんかはわからんけど近くにタクシーを待たせてたらしく、それを家の前まで呼ぶと駅に向かうよう伝えた。
子供を実家に置いて夫婦で帰宅するっていう状況についていけんくて呆然としてた。
あっという間に数時間の新幹線も終えて、気がつけば高成と一緒に家に帰ってきた。
まだそんなに家が建ってない真新しい住宅地。
うちから少し先に谷口家があって、そういえば陽夏ちゃんが泣いてくれてたな、ということを思い出した。
じっと見てると「サラが泣いて電話してきた」と呆れた声で高成が言うた。
新幹線の中でかかってきた電話は陽夏ちゃんやったんかと納得し、それに返事をすることなく高成の後ろに続いて家に入った。
家に入ると高成はバッグをソファーに投げ、その隣にドカリと座った。
家に入って気が抜けたんか盛大な溜息吐いて、据わった目であたしを見た。
怖っ!って思ったのは一瞬で、ゆっくり上がった右手であたしに向かって手招きをする高成に逆らえるはずもなく、黙って隣に座ると手に持ってたバッグを足元に置いた。
「遠くない?」
何を言われるんか全く予想がつかんくて、ちょっと間を空けて座ったのがあかんかったらしい。
間を空けてって言うても世間一般的な空間やと思うし、その言い方って他の人が聞いたら“いつも密着してんの?”って思われそうでなんか嫌。
でも今の状況ではそうも言うてられんから、「そう?」って言いながらちょっとだけ間を詰めた。
あんまり納得した表情じゃなかったけど、とりあえずこれで問題ないらしく、大きく息を吐き出してから話し始めた。
「サラが妙なこと言ってたんだけど」
「…妙なこと?」
まさかテンパった勢いでいらんこと言うたんちゃうやろな?!と思ったけど、その予想は大当たりで、「俺、不倫した記憶ないんだけど」と高成は聞こえる程度の小ささで呟いた。
やっぱりな、と思ったのと同時に、うわ、来た!と思った。
本題はここから。
そして今回の問題点はこれ。
今の高成の言葉で十分なんやけど、と思っても、高成相手にそれでは済まんから今は黙っとくことにした。
「どうして不倫してると思ったわけ?」
「・・・」
「まさか本気で思ってるわけじゃないよな?」
「・・・」
「は?マジなの?」
「・・・」
「もしかして京平?それともサラの妄想?」
「京平でも陽夏ちゃんでもない」
黙ってるつもりでおったけど、谷口家が出てきたら二人に迷惑がかかるからそこは否定しておいた。
陽夏ちゃんが早とちりして高成に電話したのは想定内のことやけど、これであたしに逃げ場はなくなった。
そして、これから長い尋問が始まると思うと気が重くなった。