夢物語【完】
「落ち着いた?」
「はい」
思いっきり泣いたあたしはまだ嗚咽が止まらない上に鼻声。メイクは原型なし。
公園のトイレの鏡に映った自分の顔の酷さに泣けた。
自分の気持ちに気付いたものの、どうするんだろう
告白?告白なんかしたら、また泣くわ。
ここまできても自分の心の方を大切にしてしまう。
こんなんやから、素直になれんし、重くなって、嫌われる。
わかってる、わかってるけど。
「もう、大丈夫?」
不安なもんは仕方がない。
「うん。ごめんね」
どうせまた、遠くへ行ってしまう。
「いや、俺はいいんだけど」
住んでる場所も、存在すらも遠い人やのに。
普通に働いてる、普通のあたしがどうして告白できる?
「ほんま迷惑ばっかかけて、ごめんな」
こんなにも違いすぎるのに。どうしてそんなことができる?
「また、泣きそうな顔してるね」
優しく笑ってくれるその心があたしには少し痛い。
“リアル”は、ときに残酷。
「そ、そう?気のせいやで。てか、時間大丈夫なん?あ、あの日は大丈夫やった?しんどくなかった?」
「うん、大丈夫だった。でも、ずっと寝てた」
「そうなんや。今日のライブも最高やった。明日はどこなん?ほんまに時間大丈夫?」
声は脳にも、心にも、響きながら通ってく。全身に伝わってしまうから全神経が響きながらしびれてく。
本当なら聞きたいはずの声も今は聞きたくない。それ故にあたしの言葉は長く、無意識に高成を遠ざけている。
「さっきから、質問攻めだね」
「そう、かな?」
また、目は見れない。
今度は緊張じゃなく、別の理由で。
「涼は素直すぎるんだよ。気付きたくなくても気付いちゃうんだよ。顔に出やすいとか言われたことない?」
「なんで…」
そうやって簡単にあたしのことを簡単に抱きしめてしまうわけ?気付いてるなら尚更。
「俺、毎回期待してたんだよ。ずっと期待してたんだよ」
期待?なんの?誰に?もう、わけわからん。
「わけわからんって顔してる」
また、笑ってる。
なんで笑えるかなぁ~あたしはこんなに心が痛いのに。
ライブが終わったらすぐにファンから見えないように外に出て涼のこと探したし、移動の5分前くらいから外に出て、あの時みたいに戻ってこないか待ってたりしたんだ。
「やっぱり4年前みたいに会えなくてさ」
そんなの、無理でしょう。メンバーだっているのに。怪しまれるに決まってる。
嘘上手いなぁ、なんて考える。
「信じてないでしょ」
私と高成の間に空間が出来る。額が重なり合って、顔が目の前にある。思わず目線を落としてしまう。
高成の視線が熱い。
「あ、目そらした」
だって、そりゃあ、そうでしょう。
「嘘やってわかるもん。だいたい4年前に1回しか会ってないのに期待するとか」
「嘘じゃないよ」
絶対、嘘に決まってる。
「そんなん」
高成があたし相手に期待するはずない。
「だって、一目惚れだもん」
一瞬だけ見えた、真っ赤な顔。また抱きしめられて表情が見えない。でも、心臓の早さが伝わる。
すごく早い。
「本気で、もう会えないかと思った」
でないと毎回期待したりしない。俺、完全に契約違反だし、と笑った。
震える声、強くなる腕。小さく、こぼれるような声と、ため息混じりの安堵の声。
その全てに心が熱くなる。
「ほんとに、ほんとに、会えてよかった」
一言、一言、確かに伝えようとする、優しい言葉。言葉のひとつひとつから気持ちが伝わってくる。
「また、泣いてる」
抱きしめていた腕を片方だけ緩めて、その手で私の頬に触れた。鼻先がくっつくほど近くにある高成の顔が優しく笑う。
少し低めのハスキーボイス。背は少し低めで笑うとできる目尻のしわ。広い肩に、力強い腕。
どうしよう。
あたし、この人が好きかもしれない。
「泣いてへんよ」
「泣いてるってば」
「泣いてない」
「泣きそうな顔も可愛いね」
「な・・っ?!」
関西人は褒め言葉には弱い。“ブサイク”って言われるのはムカつくけど、返答の仕様がある。でも、“可愛い”と褒められるのは返答できん。返答の仕方がわからん。
それが高成にはわからんのやろう。あたしの顔、赤くなってるんやろうなぁ。ってことは、気付かれてるかも、あたしの気持ち。
『会いたかった』って言ってくれたことは涙が出たほど嬉しい。
もうわからん。わからんけど、愛おしい。
高成があたしを“愛おしい”と思ってくれているけれど、高成はここから遠くに行ってしまう。今度いつ会えるかわからん。
メールで、電話で繋がってたとしても、声を聴けば会いたくなる。会いたくても、すぐには会えん距離。
どんなに強く想いあってたとしても、寂しさを隠せるほど強くいられる自信なんてない。
今、感じる温もりがとても愛おしい。
その存在がとても愛おしい。それやのに、どうしても伝えきれんのは複雑な想い。
目の前におる高成の左手に触れる。寒空の下やのに、あの時と変わらず温かい。ぎゅっと握って、あたしの右頬にあてる。
冷たくなった頬に優しく温もりが伝わっていく。
ぐちゃぐちゃになった気持ちが落ち着いてく。
気持ちが少しずつ固まってく。
出来るだけ気付かれんように。
少しでも素敵な思い出になるように。
「あったかいなぁ。4年前とおんなじ。寒くないん?」
高成は驚いた顔であたしを見てる。そんな顔も愛おしい。
「あ、でも手あったかい人は心冷たいって言うしな!なぁんて、高成?」
見上げた高成の顔は無表情。本当に“無”という言葉でしか表せないような表情だった。
あたしにはその表情から感情を感じ取ることができない。
あるとすれば、怒ってる?
「高成?なんか悪いこと言うた?」
心配になって聞いてみるけど、返答なし。
「なぁ、なんで無視?あたしなんか言うた?」
目は合わそうとせんし、徐々に眉間にシワが入ってきてる。あたしの右頬にはまだ高成の手の温もりを感じたまま。