夢物語【完】
だって、必死とか、夢中とか、恥ずかしいとか、嬉しいとか、全くなかったやん。全然出てなかったやん。
それに“一目惚れ”って、ますます何言うてんのかわからんくなってくる。
「だって、無口で、必死って、恥ずかしいって、なにが?だって、あたしを知らんのに」
あまりにテンパりすぎて日本語すら上手く話せない。なのに、向かい合う高成は笑っていた。
「なんで笑ってんの?」
「涼がテンパるから。俺は涼が好きなの。ライクじゃなくて、ラブなの。確かに何も知らないけど、確かに俺の心は涼を求めてる。涼が言ったんじゃん」
何か言ったっけ。
ライブで見つけたら手を振るヤツ?でも、それはさっき聞いた。
じゃあ、なんやろう、イマイチ思い出せん。
見上げた高成の顔はあたしの言葉を待っている。
あたしなら絶対言えない恥ずかしいセリフを爽やかに言った時の顔のまま。恥ずかしそうで、でもどこか嬉しそうで、いつか見た気がする。
あ、 思い出した。
あたしがこの約束を言った瞬間(とき)。あの時、悲しそうな表情やったけど、一瞬だけ微笑んだような気がした。
たぶんそう、間違いない。
今のあたしは一生分の運気使い果たしたんちゃうか?!っていうくらい幸せを感じてる。
4年前のあの時から、もうすでにファンじゃなかったんやと思う。今となっては。
あの出来事自体が夢に思えて、認めようとしなかった。
ライブで会うたび嬉しかったのも、他のみんなが思うのと一緒で、ライブが待ち遠しいだけやと思っていた。
半年から1年に1度会えるたびに格好良くなって現れる高成にドキドキしてた。本当にカッコよくて、声だって、ファンを見渡すあの表情だって大好き。
それが“恋”なんやって、誰が思う?
高成にもう一度会って、あたしだけを見てくれて、あたしを好きだと言ってくれて、 抱きしめてくれた。
その声が、腕が、匂いが、温もりが、あの時の高鳴る鼓動が“恋”だったんだって教えてくれる。
やっぱり素直になってみたい。
あたしを必要だと言ってくれる高成に。アーティストだとか、なんだっていい。どうだっていいよ。
あたしだって好きなんだって言いたい。ちゃんと伝えたい。
不安なことなんて今思いつくだけでも数え切れんくらいある。それでも、伝えたい想いはあたしの胸の中にある。
怖くないと言えば嘘になる。でも、自分の気持ちにも嘘はつきたくない。だから、ちゃんと伝える。
あたしの正直な気持ちを。
駅で高成に声をかけられてから、どれくらい時間が経っただろう。
あれから、元々人通りの少ない駅はまた人影が少なくなって、車の走る音さえもあまり聞こえない。少し気温が下がって、空を舞う風は少し冷たい。
高成は黙り込むあたしを黙って見つめたまま、何も言おうとはしない。これから先のことは全て、あたしの言葉にかかってる。
目を見て言える自信はない。だから、どうか気持ちだけは伝わるように。
ぶらさがったままの高成の左手を震える自分の両手で強く握る。
どうか、伝わりますように。
「あのっ」
緊張でうまく言えないあたしの手を高成は黙ったまま、優しく握り替えしてくれる。その優しさが暖かくて、泣きそうになる。
「あ、泣きそうな顔してる」
今日、何回目だろう。また高成の腕の中。
顔は見てないからわからんけど、笑ってる気がする。
笑われてばっかやん、あたし。
「俺なりの解釈で受け取っていい?」
頭の上から聞こえた言葉と同時に抱きしめる力も強くなる。あたしはもう堪えきれなくて、それがバレたくなくて何も言わなかった。
「涼も俺のことが好きって、とっていい?」
返事の出来ないあたしは高成の背中に腕を回して、できるだけ強く抱きしめた。
人を抱きしめるってこんなにあったかいんだって初めて知った。そして、何倍にもその人が愛おしくなる。
ずっと離したくないって強く思う。
今のあたし達は離してしまえば現実に戻る。あたし達は世界が違う。
住んでいる場所も、環境も、心も。だけど、ただ愛おしくて、お互いが好きだという気持ちだけで繋がっていられる。
「こんなに近くにおんのに遠い」
でも、これがあたし達に与えられた試練。これを乗り越えられるとき、最高の幸せが待ってる。
「会いにくる。だから、涼も会いにきて。毎日涼のことを考えるよ。毎日電話だってする」
今は一緒にはいられないけど、これを乗り越えられたらデッカイ幸せが待ってる。
同じ事を考えてる。
だったら、大丈夫。
離れていても、寂しさなら我慢できる。
「高成が好き。離れてても、これは変わらん。すぐ会いに行く。だから、待ってて」
「涼、それ俺のセリフじゃない?男らしすぎるよ」
そう言って高成は笑った。見上げた高成は笑っていて、私たちの気持ちが同じだという証拠を残した。
手を繋いで、時間が許す限り一緒にいて、笑顔でわかれた。
END