夢物語【完】



「ここでちょっと休も」

牛丼屋を出て、商店街のゲームセンターでお金も気力も使い果たして、最終的にライブハウスの近くまで戻って、でも何もないから賑やかな場所から少し外れた場所にある公園で休むことになった。

風がちょっと冷たくて、冷えた手をこすり合わせているあたしに気付いたのか、缶コーヒーを買ってきてくれた。

「はい」
「ありがとう」
「なんだ、お礼言えんじゃん」
「失礼な。人をなんやと思ってんの」

冗談じゃん、と笑う。
コーヒーを一口飲んで息を吐くと少し白くなった。少しずつ秋も深まって冬を迎える準備が進んでいることを知らせてる。

両手でコーヒーを包みこんでもなかなか温もらん冷え性なあたし。両手をこすり合わせていたら伸びてきた温かい手に両手を包まれた。

「うわ、コレひどいな。すっげえ冷たいんだけど」

両手が大きな手に包まれて次第に体温を吸収していく。不意打ちの思いがけない行動にドキドキしてしまう。

「ひ、冷え性やの!て、手、すごいありがたいんやけど、人の体温だけ奪っていっこもあったかならんの。だから、ありがとう!」

ドキドキを誤魔化すために包み込んでくれる両手から10秒も経たない間に抜け出してしまった。
冷え性なのはほんまやし、人の体温奪うだけってのもほんまやし、お礼だって言ったたのに今度は右手を掴まれてTAKAのジャケットのポケットに収まった。

「じゃあ、これであったかくなるんじゃねえの?」

TAKAの横顔は無表情。
こんな言葉、素で言う?まさかのナチュラル王子?ポケットの中で手なんて繋いじゃってるし。どうすんだ?この状況。

まさかの行動に恥ずかしいし、緊張するし、冷たかったはずの手は汗かいてくるし、大混乱。思考停止にフリーズ状態。
そんなあたしの気持ちなんか知らんと、「そんな遠いと手首痛くない?もっとこっち寄ってこいよ」なんて、あたしの腕を引いて肩が触れるくらいまで寄せた。
もう、どうしていいかわかんなくて出た言葉も意味不明。

「あんたのファンに怒られる」
「こんな時間に誰もいねえよ」
「明日の週刊誌に載ったり」
「そんなメディアに出てないし、ありえない」
「あんたの彼女に」
「いたら真っ直ぐ帰るっつーの。ごちゃごちゃ言わねーで黙って俺の手握っとけ」

ポケットの中の手を握る手が少し強くなった。この状況、普通ならありえない。

「なに?緊張してんの?」

固まったあたしにかけてきた楽しそうな一言。
そりゃあ、そうでしょう。慣れてるって感じで余裕の雰囲気出して、笑ってくれてるけど、あたしはファンであって、あなたはあたしの憧れの人であって、緊張したりドキドキするのは当たり前。

「忘れてると思うけど、あたしは数時間前まで、いちファンとしてライブ見てたんやから緊張くらいするよ!あんたはそうじゃないかもしれんけどさ」

それくらい察してくれたっていいのになんてムチャな希望を抱いてしまう。
TAKAはあたしとは違う。きっと今だってドキドキしてるのはあたしだけ。

「あのさ」
「な、なに?」

一人芝居をトーンダウンした声に消された。
少し言いすぎた、かな?偉そうに言いすぎた?なんてファンなんだって怒った?
返事をしても話さんTAKAの次の言葉にビクビクする。

「あのさ、俺のこと“あんた”って言うのやめない?名前くらい知ってんでしょ?」

横目で、しかも溜息混じりに言われて気が付く。
バクバクした心臓が一瞬にして落ち着いたのが自分でもわかった。
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