夢物語【完】

確かに失礼か。芸能人相手に“あんた”呼ばわりはさすがに失礼すぎた。

「ごめんなさい。名前は知ってるけど、呼んでよかったん?」
「“あんた”よりはマシでしょ」

言い捨てるような言い方。確かにそうやけど、名前でって言われても。

「じゃあ、なんて呼べばええの?」
「はぁ?そんなの俺に聞くなよ」
「なっ?!だってっ」
「あーもう!高成でいいよ!」

身を乗りだして反論しようとしたら、自ら教えてくれた。でも顔はあたしの反対側を向いてて全く見えん。

「ちょっと、なに?怒ったん?なんでそっち向くわけ?」

空いている左手で少し揺すってみるけど反応なし。

「なんか、悪いことした?」

また反応なし。
だいぶ前にも思ったけど、こんなに自由な人やとは思わんかった。もっと繊細で器用でクールな感じの人やと思ってた。あたしが言えた立場じゃないけど。
立ち上がって回り込むと見えた顔。暗い中でもわかった。
TAKAの顔が赤い。

「なんで?顔赤いけど、なんかしたっけ?」
「うるせぇよ」

まさか、とは思うけど。

「照れてる?」
「照れてねぇ」

視線は合わさんけど、少し泳いだ目。

「可愛い~」

前言撤回。自由人やけど、可愛い一面が見れたから今の取り消し。うなだれたTAKAを見て思わず笑みもこぼれてしまう。

「可愛いって言うな!笑うなってば」

みんなが知らん一面を知れて嬉しい。今の表情はあたしだけのモノ。
世界中のファンへの優越感が高まって、嬉しくて嬉しくて思わずニヤけてしまった。

「笑ってないよ。あたしはね、」
「“リョウ”だろ?」

名乗る前に言われた名前。

「な、なんで?」
「ライブハウスで話してたとき、お前の友達がそう呼んでたから」
「あ、そっか。びっくりした。エスパーかと思った」
「エスパーってなんだよ」

呆れた表情。そりゃ思うでしょ。名乗ってもないのに知ってるなんて普通じゃありえへんこと。
でも、名前を覚えてくれていたことはすごく嬉しい。

「じゃあ、あたしのことも名前で呼んでくれればよかったのに」
「急に呼んだら今みたいな反応するだろ」
「まぁ、確かに」
「“リョウ”ってどんな漢字書くの?」
「涼しいって漢字。“涼”って男みたいな名前やろ?」
「嫌いか?」
「まさか!気に入ってるよ。タカナリは?」

呼んでからハッと気が付いた。名前で呼んじゃった。
ちらりと様子を伺ってみるけど、本人超普通。

こういうのって案外普通なんかな?でも、あだ名で呼ばれて怒る歌手っていっぱいおりそう。もしかしたら、どうでもいいとか?ファンってこと、忘れてるとか?
なんて色々考えながら、それはそれで軽くショックやなぁとも思った。

タカナリが話そうとする直前、握っている手に少し力が入った気がした。

「俺は“高”いに“成”すって書いて“高成”って書くんだ」
「いい漢字やん!」
「名前負け、してない?」
「なんで?いい名前やん。それに、似合ってる。カッコイイ」

高成はそっか、と言って少しこわばっていた表情が軟らかくなった。

「自分の名前、嫌いなん?」
「まさか、好きだよ。涼が褒めてくれたから」
「そっか。そんなこと気にしてたんや」

真っ直ぐな瞳で言われたから、ドキッとして目を逸らしてしまった。
・・・やっぱり、かっこいい。
でも、あたしには少し遠い人。
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