夢物語【完】

「ま、一生ない方が可能性高いけどね」

このあたしの言葉に高成はやっと顔をあげた。

「はっ、ほんと、厚かましい」

高成はあたしから視線を外した。
確かに、立派な自意識過剰。でもそうでもせんと、この夢物語にどっぷり浸かって現実に戻ってこれんくなりそうやし、夢なら現実に戻った時の寂しさが辛くなる。

「それでいいよ。もしかしたら俺がその憧れの女優と結婚するかもしれないし?てか、俺なら間違いなく飛びつくね。お前、マジでバカでしょ」

高成は笑顔やった。怒ってるわけでもなく、寂しがってるわけでもなく、ただ笑ってた。

「そうかもね」

その一言を言うだけでいっぱいいっぱいやった。
たった一夜で寂しさを感じてしまうなんて。
でもこれは独占欲なのか、愛情なのか、あたしにはわからん。
だから、泣いたらあかん。そう思うのに、勝手に溢れてくる。

「ここでお前が泣いたらダメでしょ」

背後から高成のにおいに包まれる。

「泣きたいのはこっちだっつうの」

涙が止まらんくなった。

寂しいのと、嬉しいのと、寂しさと。
それやのに抱きしめる強さは増すばかり。
これが本当の最後になるかもしれない。

「涼、これが最後」

そう、これが最後。
泣いても、笑っても、寂しくても、離れたくないと思っても、これが最後。

「待ち伏せナシ。口パクもナシ」
「出来ないっての」
「あたしのこと、ステージから探せる?」
「うん」
「ほんまに?」
「ほんとだって。見つけたら手を振ろうか?」
「ええの?!」
「見つかればね」

高成の口端が上がったのが見えた。さっきの涙なんて忘れて、笑みがこぼれる。
少し・・・いや、だいぶ優越感。

「ひとつだけお願いしてもいい?」
「お願いが多いな」
「あたしらの出会い記念に曲書いてよ」
「はぁ?」
「だってこの先二度と無いかもしれへんねやもん。記念くらい欲しいし」

我が儘って自分でわかってます。厚かましいって重々承知の上。でも、やっぱりすぐに消えてなくなる温もりじゃない他の何かも欲しくなる。
じーっと見つめて訴え続けること数十秒。

「・・・わかった!作るよ。記念だ、記念」
「やった!」

結局、あたしの押しに負けた高成が仕方なく、という形で承諾してくれた。作詞をしてる高成にしか頼めんこと。
ガッツポーズしてくるくる回ると「うるせぇな」と呆れられた。

「じゃあ、もう行かないと」

気が付けば空はもう紺色で、あと30分もすれば水色に変わって太陽が顔を出す。
あたしの背後で冷たい風が通り抜ける。

もうすぐ消えてしまう。
ぬくもりが冷めてしまう。
夢から覚めてしまう。
高成が、行ってしまう。

「ずっと、応援してるからね」

たったこれだけの言葉なのに涙が出そうになる。
肩を震わせていたのが高成に気付かれているかどうなのかさえわからない。
顔をあげた時にはすでに背中しか見えなかった。
高成は足音もたてず、夢の世界へ消えていった。
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