夢物語【完】

「あ、ごめんなさい!あたし...」
「想像以上に面白かったから気にすんな。ゆっくり食え」

そう笑ってくれたからホッとした。
店長は優しい。
あたしが普段経験することない優しさがある。
ただ単にあたしが子供なだけなんやろうけど、フッと笑われると思わずトキメキそうになる感じ。

それこそ高成に知られたらヤバイけど、ふわふわさせてくれる。

完全に雰囲気に飲まれたあたしは次は変に緊張して高成の電話も忘れて無言になる。
ジーッと見られてる視線が恥ずかしくて顔も上げれん。

「確かに悪くはないな」

呟いた言葉に思わず顔を上げる。

「顔は悪くないけど、でも体型がなー」

頬杖ついて首を傾げて見定める。
あたしのことかい、と思って食べ続けてると「ま、食いっぷりは俺好みだな」と言われてむせかけた。
食いっぷりを好かれても、それってどうなん?と思うのが女心。

「お前も苦労するな」

そう言われて首を傾げると、「高成だよ」と言われた。

「いや、高成が苦労するのか」

あたしを見ずに苦笑するとスーツのポケットから黒の携帯を取り出して開け閉めを繰り返す。
彼女のことを考えてんのかな、と再び働く第六感にピンときた。

「高成の気持ちはわかる」

でも女にはわかんないだろうな、と呟いた。

「言葉で満足するなら何度でも言ってやれる。でもそれで繋げてもこっちは安心できない」

それはお前でもわかるだろ?
そう笑う店長の顔はさっきみた優しい顔。

「離れてるなら尚更。近くにいてやれないし言葉だけなんてなんとだって言える」

今の話をしてんのか、昔の話をしてんのか、それはあたしにはわからん。
でも見つめる先にはあたしじゃなくて、あたしにとって高成のような存在の人がいてることはわかった。

店長の言いたいことならわかる。
“好き”だと伝えて高成を繋ぎとめていられる保障はない。
“離れてるけど信用してるから”の言葉は、ただの強がりで自分にそう言い聞かせてるだけ。

言葉なんて一瞬の気休めで実際は不安のほうが断然強い。

京平と陽夏ちゃんみたいにガッチガチで付き合うのも一種の方法やけど、あたし達にはまた別次元の話にも思える。

「言葉で気持ち補えるなら愛情なんていらねぇんだよ」

溜息吐きながら呟いた店長はタバコ吸っていい?と言いながら返事を待たずに火をつけてた。

遠くを見つめる大人の店長にも恋で悩むことなんかあるんやな、と思ってしまった。
恋愛なんて筋道たててりゃなんとかなんだよ、とか言いそうな顔して実はロマンチストなギャップが素敵に見える。

「お前みたいな自由な女は男が苦労するんだよ。ガチガチしても離れてくし、放任しても離れてく。一番扱いにくい。でも」

そこで言葉を止めて大きく喫む。
吐き出した煙を見つめて少し苦笑した。

煙の中に彼女でも見てんじゃないだろうか、と思えるほど目が優しい。

「でも、そういう女にかかった男はその扱いにくさにハマる」

ありえねぇ話だよ、と苦笑しながら短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

どうやら店長の彼女も自由人で手を焼いてるらしい。
それが楽しいっていうんやから、それはそれでいいんやろう。

幸せいっぱいで、喧嘩もない駆け引きもないカップルなんて絶対おもしろくない。
だからって今日みたいなことが続いてもよくないけど、こうやって高成がヤキモチ妬いてくれて店長に実のある話を聞けるなら悪くないと思えた。

まぁ、こう思うことがあたしの悪いとこなんやけど。

「店長、また店に遊びに行ってもいいですか?」

あたしの問い掛けに呆れた溜息。
タバコをもう一本取り出して火をつけ一口吸うと「それわざとか?」と言う。

「ちゃんと高成に許可取りますよ。なんてゆうか、店長の話また聞きたい」
「なんだそれ」

ハッと笑うと、高成も報われねぇな、と言った。
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