夢物語【完】
St.Valentine's Day
「涼ちゃん、早く!」
「あ、待って待って!!」
玄関先で陽夏ちゃんが急かし、あたしは走っていて取り損ねた紙袋を手に玄関まで走る。
「間に合うかな?!」
「少し駅まで走れば間に合います!」
エレベーターを降りて、駅から徒歩5分の道のりを走る。
「ブーツでよかった…」
これで寒さを我慢してパンプスとか履いてきてたらヒール折ってるとこやった。
「京ちゃんの言う通りになっちゃいましたね」
「...せやね」
二人で顔を見合わせて苦笑する。
確かに京平に言われた通りになった。
よくわかってらっしゃる。
ちょいちょい泊まりにきてるだけあって、あたし達の行動パターンを読まれてる。
昨日の夜、仕事が終わってからこっちに来たあたしは、いつも通り陽夏ちゃんの家に来て、荷物を置いてから外に夕食を食べに出た。
そして、いつも通りに京平からの電話。
『どうせ時間忘れて喋りまくって時間通りには来れないだろ』
以前のようにグチグチと嫉妬されんくなったけど、その代わりに一言増えた。
痛いところを突いてくるなと思ってたけど、今日はその言葉通りになりそうで、何も反論できん。
「昨日、涼介んとこに全員泊まったらしいで?今朝、高成からメール来た」
「そうなんですか?…あの部屋に?」
「あの部屋に。10帖のワンルームに男4人・・・やだね...」
陽夏ちゃんと軽く想像して笑い合ながら電車で向かうのは、いつも高成達が練習場として使わせてもらってるスタジオ。
あのCDショップの中塚店長が所有してる場所で格安の月5000円で借りてるらしい。
音楽界には全く縁のないあたしにその相場とかよくわからんけど、中塚店長所有やから5000円でいけてるらしい。
使わせてもらうようになるまで色々約束事が設けられたらしいけど、詳しくは聞いてない。
電車で移動してるのはそのスタジオが郊外にある。
全員市内に住んでるけど車が無いから必然的に電車移動。
都心部やから地元とは人の流れが違う。
多いは多いけど、流れが早くて滞ることなく流れてる。
誰も立ち止まることなく、ただ黙々と目的地へ急ぐ。
そんな風景を少し珍しく感じた。
「涼ちゃん、降りますよ」
陽夏ちゃんの家の最寄り駅から7つ目の駅で降りる。
「意外と田舎っぽいとこやね」
「都会っぽい駅名ですけどね」
少し離れただけでビルもマンションも無くなって、あるのは今は流行らん商店街や常連客だけが通いそうな小さいパチンコ屋。
若い人もおらんくて、半分以上はおばちゃんかおばあちゃん。
「この先にあるんです」
降りた駅から線路に対して垂直に走る国道があって、その一本奥に古い家が建ち並ぶ。
向かいは新しく出来た住宅地があって、その並びの一番奥で一際目立ってる家がそのスタジオらしい。