夢物語【完】
「そうや、陽夏ちゃん」
突然思い出したように立つあたしを隣に座る高成は不思議そうに見た。
「あぁ、ですね」
あたしが何を言わずとも理解したように悟さんとの会話を切って立ち上がったから、さすがの京平も不思議そうな顔をした。
「出すなら今ですね」
「みんな揃ってるしね」
揃ってキッチンに入るあたし達を4人は不思議そうに見てる中、食器棚からは勝手に皿やフォークを取り出す。
「4等分でいいですよね?」
「うん、適当に切っちゃって」
「生クリームお願いしていいですか?」
「うん。フルーツは切ったし、盛り付け頼んでいい?」
「任せて下さい!」
あたし達がキッチンで準備してる間、それを見てた悟さんは「仲良しだよね」と呟いた。
コーヒーをもう一杯分たててから盛りつけた皿を出していく。
全員の前に出し、お互いさっきの場所に戻ったところで陽夏ちゃんが説明を始めた。
「今日はバレンタインデーなので、私達二人からはチョコシフォンケーキです」
皿にはチョコシフォンケーキと生クリーム。
あとイチゴとパイナップルとキウイなどのフルーツを小さく切って盛りつけてある。
「可愛いね!手作り?」
「もちろんです!」
得意げな陽夏ちゃんに自然と笑顔になる悟さんを見て、あたしも嬉しくなった。
「お前は何もしてないんだろ」
くの字ソファーのあたしと反対側の端に座ってる京平があたしに向かって嫌味を言ってくれる。
「また京ちゃんってば!何もしてないのは私。あれは私には出来ないもん」
「あれってなんだよ」
ほら、京平が気にしてる。
陽夏ちゃんってば、黙ってたら平和に収まってたのに、あたしを思ってフォローしてくれちゃって。
「別にたいしたことしてないし」
「もー、涼ちゃんも!ケーキ作りは涼ちゃんに伝授してもらったの。すごい上手なの」
「サラの言う“あれ”って何?」
ほら、とうとう高成まで。
二人で作ったんやから“二人で作った”でいいのに。
それにケーキ作りを伝授っていうか、混ぜ合わせただけやのに大袈裟すぎる。
「最後にメレンゲを混ぜるんですけど、私はすぐ潰しちゃって。でも涼ちゃんはすごく上手なんです!」
すごい笑顔で言うてくれるのは嬉しい。
あんなちっこい事で褒めてもらえたら嬉しい。
でも、京平が呆れた顔してる。
涼介なんかポカーンて口開けっ放しで、悟さんは苦笑してるし。
なんか、むっちゃ恥ずかしいのはあたしだけ…?
入れ直してから一度も口付けてないコーヒーを飲むためにテーブルの上から持ち上げようとして、阻止された。
「涼、帰ろう」
「え?」
「帰ろう?」
帰ろう?、って。可愛く首傾げられても。
きゅって服握りしめられても。
…可愛いやんか。
じゃなくて、
「帰ろうって、ケーキは?」
「食べた」
「食べた?!」
だって、まだ出して3分も経ってない。
他のメンバーもちょっと残ってんのに、さっさと皿を流しに置いてバッグも肩にかけてる。
すでに帰る準備万端。
「涼、帰ろう」
「う、うん?」
手を引かれて立たされたら「うん」って言うしかない。
ソファーの横に置いてたバッグを持ったのを確認したら「じゃあ」とだけ言ってリビングを出ようとする。
急に帰る気になってしまった理由もわからないまま慌てて「お邪魔しました!」と軽く頭を下げた。