あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
「夜会に呼び寄せるときは必ず新しいドレスを仕立て直してくださいます。せめもの暇つぶしにと、書物も部屋に入りきらないほど贈ってくださいました」


……全ての本に、いつも流麗な字で一筆箋が添えてあった。我が娘へ、と。

それだけだったけれど、他には何もない、ただ一言で充分だった。


どこが嫌われているというのだ。一体どこに、嫌いな娘にこれほど私財を投げ打ち、気にかけてくれる親がいる。


天使なんて名前を、嫌いな娘につける親はいない。


父はいつも略さずアンジェリカと呼んだ。贈られる品物も、心尽くしのものばかり。


閣下と呼ぶのは父のため。せめて少しでも迷惑をかけないように、わたくしが勝手にそう呼びたいだけだ。


「わたくしがいなくなれば閣下に背くことになりましょう。わたくしは、わたくしが受けた恩のぶんは返さねばなりませんし、わたくしができうる全てのことを以って、閣下に報いねばなりません」


ぎゅう、と手を握る。


「もしわたくしが本当に身を売ることになるのなら、そのときは陛下の御下知として拝命するのですから、逆らえば謀反と見なされ一家郎等死罪です。領民にも被害が及ぶやもしれません」


あの令嬢は呪われている、と言い始めたのは、近くの領民だった。

それでも、大事で大好きな領地に住んでいるひとたちだった。


「ですが、お引き受けすればいくらか褒賞がいただけます。今までの諸々を差し引いても、きっと手切れ金程度にはなりましょう。お世話になった閣下にささやかな恩返しができるでしょう」


ですからわたくしには、あなたさまに攫われる前に、しなければいけないことがございます。
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