あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
ずっと欲しかった言葉を、ずっと言ってほしかったひとが言ってくれるのは、泣きたいほどに胸を突いた。


一番は父に言ってほしかった。おまえを愛していると。恨んでいないと。

でもそれはあまりに叶わなくて、あまりに贅沢で、無謀だと思い知っていた。


だからずっと期待しないように押し込めて、このひとと出会ってからも勘違いしないように戒めて。


でも、ほんとうは。ほんとうはずっと、誰かに許されたかった。


必要とされていなくてもいいから、ただ、生きていてもいいと言われてみたかった。


「アンジー。アンジェリカ。顔を上げてくれないかな」


アンジー、と再度の呼びかけに小さく顔を上げると、覗き込まれてそっと目が合って、とけるような笑みが落とされた。


「あなたに会ってから、夜も眠れるようになった。あなたのことばかりを考えていた。あなたと共にありたいと思った」

「で、」


んか、と続くはずだった二文字は、唇を押さえた人差し指にとめられる。


「殿下と呼ばないでほしいと、言ったでしょう?」


はい、と背の高い男を見上げた。相変わらず夢のようにうつくしい男だった。


「ルークさま」

「うん、何?」

「御手に触れることを、お許しいただけますか」

「もちろん構わないけれど、アンジェリカ、何を……」


剣だこにまみれた大きな手を、そっと両手で押し戴く。ゆっくり口を開いた。


「呪いを差し上げましょう」


あなたさまがお望みなら、いくらでも。


見開いた瞳と目が合った。


呪いをかけよう。ほんとうはこの優しいひとに、呪いを渡したかったわけじゃないけれど。


わたくしにできるのは、これくらいしかないから。
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