あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
わざと着替えたのか。それとも、本来の身分を隠すためにわざとこのような格好をしているのか。


そういえば、遠目からでも仕立てのよさがうかがえる、かもしれない。


あまり服に詳しくないのが歯がゆかった。


あちらは紋章を外しているけれど、こちらもヴェールをかぶっているので、薄布越しではよく分からないだろう。

ドレスは目立つ色でもないし、暗がりでははっきり色を見て取れないはず。


……どちらも相手が誰か分からないなんて、まるでこの場だけ仮面舞踏会の会場みたいだわ、とぼんやり思った。


ヴェールは髪の色を隠し、向けられる視線を遮るため。目が合えば呪われるなどという噂を内心信じているらしい子爵に挨拶するときは、必ずかぶる。


話せば呪われる。名前を呼べば呪われる。


口さがない噂話は際限を知らず、わたくしはいつも無口で無表情のまま、うつむいていなければいけなかった。

ヴェールを取ることは許されなかった。


この身分が高そうな方に、淑女たるもの、本当は名乗ったり礼をしたりしなくてはいけないはずだ。


でも、今はせっかく薄暗い。髪色が分からなければあの呪われ令嬢だと分かられないかもしれない。


聞かれるまでは、極力話したくないと思った。
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