あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
さあ進め、いざ笑え。そうあれかしと、望むのならば。


わたくしたちに、微笑みの仮面をつけて進む以外、生き残る道はない。


英雄や王族として華やかな衣装を身につけ、華やかな宴に出るようなお方が、英雄でも王族でもないただのひととして、人目を忍ばずに、真昼間からあばら屋にやってくる。


いただいたお花の香り。お菓子の包み。


手元に残るものはいただけませんと何度も断ったこと。

差し入れでなければ受け取ってくれるかと問われて、なおさらいただけませんと申し上げたら一度の量が増えた。


天気のよい日の遠乗り。お忍びの観劇。私に花はわからないけれど、とても綺麗だからと言いながら連れて行ってくれた庭園の散策。

お菓子も場所も毎度違う、その律儀さ。


「殿下」


ことさらに殿下と呼ぶようになった。


「名前で呼んではくださらないのか」

「っ」

「いや、いいんだ。あなたが呼びたくないのなら、呼ばなくていい」


慌てた訂正に、唇を噛む。


王族のお願いは命令に成り果てる。愛を乞うこともできない。


だからこのひとは、「名前で呼んではくれないのか」ではなく、くださらないのか、と言ったのだ。少しでも敬意と柔らかさを込めようとして。


でも、以前名乗っている以上、わたくしに他に言えることはない。


「はいめ」

「……拝命いたしますなどとは、おっしゃってくださるな」


すぐさま遮られる。


実に嫌そうで悲しそうな、苦い声だった。わざわざおっしゃってくださるなんて言い換えているあたり、本気度が伺える。


「失礼しました」

「いや」


……難しいな。


「私は、あなたを失いたくないだけなんだ」
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