あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
「泣いていらしたのですか」

「……いいえ」


無粋すぎる問いかけに短く返す。


確かに泣きぬれた湿った呼吸をしていたけれど、この方が高貴な身分だと思ったのはわたくしの目が節穴すぎたかもしれない、と半ば遠い目になった。


大抵の紳士は初対面の淑女に泣いていたのかなんて聞かない。なんてひと。


「それは、失礼をいたしました」

「いいえ」


他に答えようがない。


つっけんどんな口調は気にしないことにした。


最初に失礼なことを言ってきたのはこの方だし、わたくしたちは初対面で名前も知らないし、今後、もう会うはずもないのだ。

少しくらい無礼を働いても大丈夫だろう。


「……あなたさまは、こちらで、何をなさっていたのですか」


声がかすれないように慎重に吐き出した、途切れ途切れの問いかけに、目の前のうつくしい男は瞬きをした。


きょとんとした顔さえ、うつくしかった。


「おそらくあなたと同じですよ。抜け出して来たのです」

「まあ。どうしてです?」


この方なら引く手数多だろうに。むしろそれが面倒だったのか。


驚いて聞き返すと、「あなたが教えてくださったら私もお話しましょう」と返される。


ひどく世慣れた台詞に、ひとつ、慎重に後ずさりする。
< 6 / 64 >

この作品をシェア

pagetop