あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
久方ぶりに父に連絡を取った。手紙だけで済むようにと詳しく書いたのに、実に珍しく父の字で先触れの手紙が来て、正装に身を包んだ父がやって来た。


父にとっては着慣れた服なだけかもしれないけれど、こんな汚れやすい場所に一張羅で来るなんて。

仕事帰りなのかしら。登城するような大きな仕事の話は耳に入っていないけれど、もしかしたらわたくしが世俗に疎すぎるだけかもしれないし……。


不思議に思いながら迎え入れたわたくしにゆっくり頷くと、手慣れた仕草でわたくしが引いた椅子に座る。


「殿下からも確かに婚約願いの手紙が届いている。よいお話だが、おまえはどうしたいのだね。無理に嫁げとは言わない。家のことも考えなくてよい。おまえが思うようにしなさい」

「ありがとう存じます。殿下はとてもお優しい方です。わたくしも、あのお方のおそばにありたいと思います」


今度こそわたくしが淹れたお茶を飲んでくれた父は、そうか、と低く呟いた。


「……アンジェリカ」


絞り出すような、迷いに迷ってかすれた呼び名に、はいと頷く。


一体何年ぶりだろう。随分久しぶりに名前を呼ばれた。


「私はおまえに、普通の貴族なら当たり前に向けられる周囲からの敬意を、与えてやれなかった」

「いいえ。いいえ、それは……!」

「違わないよ」


やさしい子に育ったのだね、とわたくしの言葉尻を引き取る。

何度も首を振ることしかできない。


「おまえは生きるために、噂にさらされ、刃にさらされ、遠巻きな奇異の目にさらされた」

「いいえ、それはわたくしのせいです。閣下のせいでは」

「いや。私が至らないせいで、おまえに苦労をかけた。これからもかけるかもしれない」


それでも、おまえを娘と呼ぶのを、許してくれるだろうか。


「おまえさえ構わないのなら、私を父と呼んでほしい。後ろ盾は必要だろう」


後ろ盾だなんて不器用なことを言う父に、そっと笑った。


「……はい、お父さま」


あなたはずっと、わたくしの父でいてくださったわ。これからも。
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