部長が彼になる5秒前
次の春。
自身の営業部への異動が決まった。
「あの、水瀬チーフ、
1年間お世話になりました。」
異動直後、偶然エレベーターで遭遇した彼女に、そう言われたことがある。
彼女は、真っ直ぐな瞳を残したまま、もう立派な社員の顔をしていた。
やっぱりあの時、自分の感じた信頼感は間違いではなかったと確信する。
もう大丈夫。
その思いを込めて、『Venus』の今後を託し、一足先にエレベーターに降りる。
「ありがとうございます、頑張ります…!」
相変わらず元気良く挨拶する彼女に、思わず笑みが零れる。
「ああ、それともう"チーフ"じゃないから。」
そう訂正したのは、営業部へ行く自分への、けじめでもあった。
新しい場所でも、きっと大丈夫。
彼女が立派に成長してくれたお陰で、教育係を務めた自身の達成感も得られた。