部長が彼になる5秒前

もう"チーフ"ではない。

心の中でそう呟いて、

最後に一度だけ、閉まるエレベーターを見送ろうと振り返った。


……その瞬間だった。


閉まる直前のエレベーターの隙間から、

俯いたまま、涙を拭う彼女が見えたのは。


1年間、どんなに厳しい言葉をかけても、ひと粒の涙も見せなかった佐野が、初めて泣いている所を見た。

彼女は、その姿を僕に見られたなんて気づいていないだろう。
ただ、今までも、こうして隠れて涙を流したことがあったのだろうかと思いながら、閉ざされたエレベーターから目が離せない。


君はまだ知らない。

これがきっかけで、僕の脳裏から君が消えないことも、

それが恋だと自覚することも。
< 126 / 139 >

この作品をシェア

pagetop