部長が彼になる5秒前
しかし、その忙しさの中で、
徐々に私の企画書が通るようになり、
心なしか、直される回数も減ったように思えるようになった頃には、
入社して1年が経過していた。
そして水瀬チーフは、その春、
営業課長への異動が決まった。
『Venus』の好成績が評価され、
本社の上層部が、どうしてもと南課長に
申し込んだらしい。
その異動の直後、エレベーターで、
偶然水瀬チーフに会ったことがある。
「あの、水瀬チーフ、
1年間お世話になりました。」
緊張しながらもそう告げると、
「あぁ、佐野か。私が居なくなった後も、
『Venus』をしっかり守ってくれ。
君も、もう十分あの雑誌を支える1人だ。」
表情はいつも通り無表情だったが、
いつもより穏やかに、水瀬チーフは、
そう言ってくれた。