部長が彼になる5秒前

いやいや、あれは本当に出張という名の、
出張ですって!!!

「何を仰ってるんですか。あれは出張です!」
私は勢いよく否定した。
本当に、彼はいきなり何を言い出すのか。

「あの頃はただの上司と部下でも、今はもう私たち恋人なんですよ?好きな人とお泊まりなんて普通に緊張して、心臓が保ちません。」

私が早口で捲し立てた途端、ふっと軽く笑った要さんは甘いトーンで囁いた。

「へぇ……朱里は、そんな風に思ってくれてるんだ。」

甘いはずの声に、少し何かを企むような雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか。
もしや、さっき私、とんでもなく恥ずかしい事を言ってしまったような気がする。

「そんな可愛いこと言われたら、やっぱり泊まる以外に選択肢なんて無いから。
泊まりデート決定で。」

こういった時の部長は結構、いや、かなり強引だ。

「本当に部長の家に泊まるんですか!?」
決定事項に慌てる私に、

「だから、"部長"じゃないよ。朱里。」

と、最後に優しく改めて彼は電話を切ってしまった。
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