along
参加者は圧倒的に男性が多いかと言うとそんなことはなく、女性も思った以上にいる。
ただの将棋ファンなのか、直のファンなのか。
ファンなんて当然持ったことないし、誰かを夢中で追い掛けた経験もない私には、とても不思議な存在だった。
『有坂行直棋聖です』
司会のアナウンスで新棋聖である直が入ってくると、会場は大きな拍手に満たされる。
お付き合いのような適当な拍手じゃなくて、みんな強く心のこもった音を出している。
直は入口で深く一礼してから、時折会釈しつつ高砂に続く道を真っ直ぐに進む。
スポットライトの強い光の中で、直の黒髪と黒い紋付き羽織は、よりくっきりと存在感を放っていた。
高砂に直が着座すると、主催新聞社の代表取締役、将棋連盟会長とあいさつが続く。
それから就位状、賞杯、賞金が授与された。
『棋聖』と書かれた銀色の賞杯を持つ直を見て、本当にタイトルホルダーになったんだなあ、と感慨深く見つめていると、ほんの一瞬、直が賞杯を少し持ち上げて笑った。
『やったー』という声が聞こえるような無邪気な笑顔だった。
直にとって、このタイトルの価値はとても重い。
背負うものも多い。
けれど、根底にあるのは、将棋を始めた頃と変わらない「勝って嬉しい」という単純な気持ちなのかもしれない。
目に焼き付けておいて、と梨田さんに言われたのに、あふれる涙でその姿は見えなくなった。
ハンカチで顔を覆っているうちにも、式は進んでいて、直の謝辞になった。
「みなさま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。四段になる前から期待する声をいただいて約十年、四度目にしてようやくタイトルを獲得することができました。これもみなさまの応援、お力添えの賜物と思い感謝致しております。これまで将棋を指すことが辛い時期もあり、焦りも不安もありました。それでも結局は将棋が好きなんだ、という初心を思い出し、一手一手指せたことがいい結果に繋がったのだと思っております。こうして棋聖のタイトルを一年間お預かりしますが、来年またこの場に立てるよう、精一杯精進して参りますので、これからも応援よろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました」
わずかに微笑みながら話す直を、忘れないでおこうと思った。
特別面白くもない、ありふれた謝辞だけど、直の本心だとわかる。
真っ直ぐ届く、真摯な声だった。