along
「それに、二度と就位式ができなくても、あの子はきっと、今日のことを忘れません」
直を見つめる少年の目は、まるで恋をしているかのように輝いていた。
私は直の側にいても、ただの添え物になるしかできないけれど、直の残したものは確実に後世に伝わっている。
直を追って同じ道を進む人が、きっとたくさんいて、そうして将棋の未来が作られていくのだろう。
おじいちゃんは赤い顔でふんわり笑った。
「さっきの謝辞はよかったねえ。『将棋が好き』なんて棋士の基本だけど、なかなか堂々とは言えないから」
直は前にも私に言った。
『将棋、好きだし強いよ』って。
あれは真実とは少し違うのだと思う。
でも敢えてそれを口にした、彼の想いを汲みたい。
「できるなら、直もアマチュアに戻って、あれもこれも全部吹っ切れて、心から将棋を楽しめればいいのになーって思います。本人の気持ちは、違うと思いますけど」
直自身はシンプルに強くなりたいと思っているし、それを応援する気持ちはある。
けれど、余計なものは取り去って、純粋に楽しんで欲しいとも思うのだ。
そのためにはタイトルもプロという立場も、ない方がいいのかもしれない。
「それは有坂からするとタイトルを取るより難しいかもしれないね。ゲームは結局勝たないと楽しくないし、弱い相手に勝っても楽しくないから。勝利の美酒は、飲めば飲むほど喉が渇くから困るね」
おじいちゃんはデザートがたっぷり乗ったお皿を私に押し付けて、新たな日本酒のコップを片手にふらふら人の中に消えて行った。