along
ザワザワと会場が沸いたと思ったら、背の高いイケメンがバイオリンを手に入って来るところだった。
おじいちゃんから受け取ったイチゴショートとマンゴープリンとチョコレートムースとレアチーズケーキを詰め込みながら、目線だけで彼を追う。
アナウンスによると、有名音大の講師でありバイオリニストだということだった。
彼は簡単に祝辞を述べたあと、呼吸するようにバイオリンを構えた。
その姿だけで周りからため息がこぼれる。
音楽に疎い私はその曲を知らなかった。(バッハ 無伴奏ヴァイオリンパルティータ 第三番 プレリュードだそうです)
それでも生演奏というのは力があり、CDやテレビだったら聞き流していたはずの耳と目をがっちり掴まれた。
濃いめの顔だからバイオリンがよく似合う。
目で見えるほどに漏れる色気は自然に伏し目になるせいだけじゃなくて、演奏の力なんだろう。
主役である直を凌駕する存在感に不安になって本人を見るが、失礼にもぼんやりしているだけに見える。
直がクラシック好きなんて聞いたことないから、きっと知らないのだと思う。
直や私だけでなく、この場にいる多くの人は、音楽に詳しくないんじゃないだろうか。
そんなこともわかっているだろうに、イケメンバイオリニストは華やかに楽しげに渾身の演奏を続けていた。
彼も直や他の棋士ときっと同じ。
音楽を愛し、幼い頃から音楽に人生をかけてきたのだろう。
直の駒音と同じように、彼のバイオリンも人生の音だ。
だけどそんな音色も私には半分も理解できていないと思う。
同じように音楽を志す人には伝わっても、私には彼の音を理解できるだけの素地がない。
なーんだ、将棋だけじゃないじゃない。
私に理解できないことなんて、この世にはたくさんある。
むしろ、アーティストを中途半端に理解できちゃって「彼の見た目も人柄もみーんな大好きなんだけど、歌声と作る曲だけは受け入れられない」なんて方が事態は悲惨じゃないかな。
絶対そうだ。
わからない方がマシ!
そんな妙な納得をした頃に、演奏は豊かな余韻を残したまま終わった。
極上の笑顔を見せる彼には申し訳ないのだけど、彼の演奏とは違うことに深い喜びを覚えて、私は盛大な拍手を送った。