along
イケメンが残していった盛り上がりのままにファンとの歓談の時間に突入し、直の前には長い行列ができた。
順番に一言ずつ言葉を交わして、直は握手や写真撮影に応じていた。
男性も女性も心から嬉しそうに「初タイトル獲得、おめでとうございます!」とか「三段の頃からずっと応援してました!」と声を掛けている。
若くてきれいな女の人が相手だとちょっと嫉妬しないこともないけれど、直はこんなにたくさんの人から愛され支えられているんだと実感できて、素直に嬉しかった。
将棋はとても孤独な戦いだ。
何日も何百時間も一人で勉強して、作戦を立てて、たった一人で戦う。
さっき将棋も音楽も同じだと思ったけど、もしかしたら音楽よりも将棋はもっとずっと伝わりにくい。
それでもその将棋を通して、この人たちみんなが直を愛してくれているんだ。
それでその想いにようやく報いることができたんだな。
本当に、本当によかった。
例え彼を一番理解できる人間が私じゃなかったとしても。
「おめでとう」という気持ちを込めて最後に直を見て、私は会場を後にした。
豪華なお料理とお酒を前に調子に乗り過ぎた私は、ふわふわ揺れる身体と重い胃を抱えてエレベーターのボタンを押した。
食べ過ぎた……。
おじいちゃんに勧められただけでも多いのに、ついついおかわりしたマンゴープリンが効いたな。
ゆっくり近付いてくる階数表示をお腹をさすりながら見ていると、「真織!」と呼び掛けられた。
振り向くと、黒い紋付きをひらひらさせた直が、大きな花束を抱えて走ってくる。
酔っ払った頭には、夢の中の出来事のように現実感が薄い。
「おおー、本物の有坂行直だ」
ずっと就位式の中心にいた人が目の前いる。
そんな贅沢に、お腹だけでなく、胸もいっぱいになった。