along
うるさくて仕事にならない、と追い出され、私と直はダンボール箱が山と積まれた色気の欠片のそのまた破片もない倉庫で、輝く未来について話し合うことになった。
「結婚なんて聞いてない」
「えー、あの色紙渡したのに?」
「あれなの? あれがプロポーズ? わかりにくいよ! 『名人取ったら結婚して』ってブーケのひとつでも持ってくるくらいわかりやすくないと!」
ダンボール箱に囲まれているという環境が良くなかったのか、直は極めて冷静に乙女のロマンを握り潰した。
「名人は取るつもりで頑張るけど、いつになるかわからないし、不確定なものに真織を賭けるわけにいかない」
結婚が嫌なはずないけれど、もっとちゃんとプロポーズされると思っていたから、心の準備ができていなかった。
素直になるタイミングを逃した私が、モゴモゴ言い淀んでいるのを、直は誤解して受け取ったらしい。
「嫌なら嫌でいいけどね」
あっさり引き下がられると、体温が急に五度くらい下がったように感じた。
薄手のカーディガンでは寒くて、二の腕を擦る。
本当は言葉なんて重要じゃないのに。
私はまた、大事なことを間違ったの?
「やめちゃうの?」
心細げな声はたくさんのダンボールに吸収されて、更に弱々しく響く。
「まさか。時期を待つだけ。知ってると思うけど、俺すごく気は長いの」
出会って十年。
再会して付き合っても「一年くらいは待ってみよう」とのんびり構えた人だ。
この人のペースだと、名人を取るより、結婚の方がずっと先になるかもしれない。